小説を書くという作業は自分のなかに深く潜っていくことだと信じきっていた私に、この言葉は大きな風穴を開けてくれた。自分のなかに深く潜っていくことは、ときに、とても、しんどい。小説を書いていなくても、なんとなく今の日本全体が抱える、深く内省すべし、という空気を感じたことのある人は少なくないはずだ。発したい言葉ものみこんでしまわなければ、と思うような奇妙な圧。片岡さんの作品には、それを吹き飛ばしてくれるような風通しの良さがある。それは私が中学生で読み始めた頃とまったく変わらないものだ。
エアプランツという植物があって、その名前のとおり、土を必要とせず、空気中のわずかな水分を吸収して成長していく。もしかしたら、片岡さんにとっての創作の糸口も、そういうことなのではないか、とふと思う。今日出会った誰か、彼ら、彼女らが身につけている服装、口にした飲み物、発した言葉……。それがきっかけとなって文章を紡がれているのではないか。だからこそ、片岡さんの作品は、なめらかに小説世界の中に読み手を誘うし、作品を読んだあとには、書き手と読み手との重すぎない親密さが結ばれる。
ここ数年の片岡さんの創作スピードには驚くばかりだが、新作を待ちわびている読者の方が多いということの証であると思う。ちょっと今、日常生活がしんどい、少しだけ頭の中をすっきりさせたい、大上段に立って深刻な顔で人生を語るような小説ではなくて、と思う方にはぜひ、『ジャックはここで飲んでいる』をはじめ、片岡さんの作品を読んでいただきたいと思う。一冊、もう一冊と読み進めるたびに、片岡さんが描かれる世界のなかで生きてみたい、と思うだろう。佇まいは涼しげだが、その作品にはひどく中毒性がある。その魅力に、より多くの方に気づいてほしいと思う。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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