- 2018.05.23
- 書評
小説化を躊躇するようなテーマに挑み、先入観による誤読を恐れず、 成功した作品
文:佐藤 優 (作家・元外務省主任分析官)
『さよなら、ニルヴァーナ』(窪 美澄 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
作家は、小説家とそれ以外に分かれる。それ以外の(強いて言えば、ノンフィクション)作家に私は含まれるのであろう。ノンフィクションであっても、それが作品であるためには、新聞報道とは異なる創作力が求められる。これは、木を削って仏像を作る作業に似ていると思う。ノンフィクション作家に許されているのは、削ることだけであって、そこに何かを付加することはできない。これに対して、小説家には無から創造する才能が求められている。実を言うと、小説家にとって、いちばん難しいのは、現実の事件から着想を得ているのだが、それを観念の世界に昇華して、独自の作品とすることだ。特に世の中でよく知られている凶悪事件について扱う場合には、読者の偏見や先入観によって誤読される可能性が高まる。多くの作家が、そのことを恐れ、小説にすることを躊躇するようなテーマに窪美澄氏は挑み、成功した。この事件については多くのノンフィクションが書かれ、また、殺人事件を起こした元少年Aも、本書の単行本が上梓された直後に当事者手記を書籍にした。しかし、この当事者手記や事件自体を一旦、括弧の中に入れて、思考の外側に置いておかないと、『さよなら、ニルヴァーナ』という作品の深層をとらえることができなくなる。
本書で言う、ニルヴァーナには二重の意味がある。表層では、1987年に結成され、94年まで活動したアメリカのロックバンドのニルヴァーナ(Nirvana)だ。殺人事件を起こし、医療少年院に収容された晴信は、院生Wからこの名を聞く。
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