「原発がともす灯の下で」
――息子の嫁「仁美さん」の節電号令をきっかけに、口は閉じても目と耳は全開の八十代の絹子さんが、モンペ娘の灯火管制の時代から、戦後、電化製品が増えていった“我が家の『三丁目の夕日』史”をオーラルヒストリーする。
使用電力のワット数が見出しになる中、最高値を示すのが冷房、洗濯乾燥機、食器洗い機、テレビ以下各種の家電がフル稼働する6430W、最少が夕飯も終わってリビングに家族が集合していた1630W。この篇でいちばん笑うのは、この数字がデタラメではないと思わせる所。執筆しながら律義に計算していたのだと思うと、見出しもあだおろそかに読み逃すまじ。
「俺だよ、俺。」
――小劇団出身の売れない役者が、元座長の招集に応じてオレオレ詐欺の「俺」役をつとめるも、連戦連敗。ついに名簿業者から釘を刺されていたアンタッチャブルの大阪圏に手を出す。嫌な予感は的中。きついツッコミをしてくる大阪のおばちゃんたちに、完膚(かんぷ)無きまでにやりこめられる。
この篇で思い出したのが、友人が話してくれた関西圏の薬物中毒の親の会。メンバーが「昨日息子が捕まりました」と報告すると、「よかったねえ」と満座の拍手がわき起こるとか。おそるべし、関西のオカンパワー。「俺」がいつ捕まってもいいようにと、新品の下着をつけ、娑婆(しゃば)で最後になるかもしれない電話を大阪のオカンにかける姿にしんみりするが、もちろん大阪のオカンも荻原浩もそこでは終わらない。オチのキレは抜群。
「今日もみんなつながっている。」
――自称作家の横柄な老人から、編集者、その上司、料理ブロガー、ネトゲにはまった女子高生、練炭自殺志願者、就活負け組の青年までもが、なぜかチェーンメールのように繋がる。心の絆であるはずの“つながる”を、あえて電子の回路と即物的な空間の中で描いたのが、諷刺(ふうし)のツメを隠して相当黒い。
「出逢いのジャングル」
――三十四歳の陶子は、どう考えても結婚してはいけないバツ2の恋人を思いきるべく、“男”捨離をかねて「お見合いパーティーin動物園」に参加する。が、動物行動学を専攻した者の目で男たちを観察すれば、ヒト科といえどもしょせん動物。さして高度なつくりになっているとも思えず……。
動物ものになると、おたくな情熱を発揮する著者が、陶子に乗り移った作。ペンギンは体の外に出ている三倍の長さの足を隠し持っているとか、キリンの最高血圧は260とか、ハムスターは共食いするとか、トリビア・ネタを連発する。最後に陶子の取るディスプレイ行動がいい。動物にとっては本能の行動でも、発情期をなくした人間にとっては投機的行動。女もギャンブルをするのである。
「ベンチマン」
――解雇されたことを妻に言い出せず、背広を着て公園に通勤しはじめた四十七歳の元販売部の課長。「サラリーマンにとって、本当に恐ろしいのは、職を失うことよりも、職場でのプライドを失うことだ」など荻原節も効いている。ラスト、妻の慧眼(けいがん)と男前な対応は、あっぱれの一言。男の終身保険って、こういう妻選びのことをいうんじゃないかと思う。
「歴史がいっぱい」
――入社二年目、新入社員に毛の生えた程度の敦志。私生活では戦国武将萌えの恋人との会話に苦労し、会社では家康に経営術を学ぶ専務や龍馬好きの上司に囲まれ、何かが腑に落ちない。どうしてみんな、そんなにいまが好きになれないんだ? 日本の企業風土をおちょくりつつ、敦志には思わぬ着地を用意する。その着地にも“歴史”が絡んでいるという念の入れようだが、浮かれている敦志は気づいているのだろうか?
“歴史”と親戚になると、手強いぞ。見た目ハッピイエンドの下で、荻原浩がうすく笑っている気もする。
「幸せになる百通りの方法」
――前向きオーラを発しようと、あれやこれやの自己啓発本から拾ってきた項目を日夜実践する営業マンの英雄は、ある夜マイナスオーラを発する女に会う。彼女は声のきれいな路上シンガー、というか、ギターを持ったホームレス。親をなくしたヒヨコのように英雄に付いてきて、「寒いね、今夜は。凍死日和だ」などと言うから、お人よしの英雄は一夜の宿を提供せざるを得ない。
夢とはお金をたくさん稼いだりいい家に住んだりすることなのか。幸福とは他者に羨ましいと思われる生活を送ることなのか。ここには現代の夢や成功に対する痛烈な皮肉があるが、そんな無粋な観点は横に置き、荻原版クリスマス・ストーリーとして楽しまれたい。
英雄という古めかしい名前にご注目を。小説の場合、名付けにおいて、作者はもっとも“神”になる。英雄のとった愚かしい行動は、最後においてヒーロー的輝きを帯びる。
幸せになる百通りの方法
発売日:2014年09月19日
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