書評

良質な戦争文学の結実

文: 雨宮 由希夫 (文芸評論家)

『水色の娼婦』 (西木正明 著)

「戦前」ものは次の3点。『孫文の女』(05年)は明治から昭和初期にかけて、東アジアの命運を左右する働きをしながら、名も無く朽ちた5人の日本人女性を描いた短編集。『間諜二葉亭四迷』(94年)は明治の文豪・二葉亭四迷が日露戦争前後の対露諜報に関わっていたという着想に基づく歴史ミステリー。『冬のアゼリア』(02年)は未遂に終わった大正10年の裕仁皇太子拉致暗殺計画という日朝関係の秘史を掘り起こした傑作である。

「戦中」ものは次の6点。いずれも日本軍部の大陸戦略の推移が背景にある。『ルーズベルトの刺客』(91年)は太平洋戦争前夜の上海を舞台に、社交界の舞姫「マヌエラ」と、謀略に挺身する軍人和田忠七の2人の生涯を描き、『梟の朝』(95年)は山本五十六の密命のもと、秘密諜報網を欧州に構築せんとした光延東洋たちの知られざる闘いを描いている。『其の逝く処を知らず』(01年)は中国で阿片売買を行い、軍部に資金調達を行った男、里見甫を主人公とした物語。『夢顔さんによろしく』(99年)は名門近衛家の世継ぎとして生を受け、終戦時にソビエトに抑留され獄中で死亡した近衛文隆の生涯を描いた名作。『さすらいの舞姫』(10年)は日本、朝鮮、米国を舞台に激動の時代を駆け巡った伝説のバレリーナ、崔承喜(チェスンヒ)の生涯を追っている。『ウェルカム トゥ パールハーバー』(08年)は民間主導による異例の日米秘密交渉という史実を基に、封印されていた真珠湾攻撃の新事実を明らかにした長編。

「戦後」ものは、次の3点。作家のデビュー作で、第7回日本ノンフィクション賞新人賞を受賞した『オホーツク諜報船』(80年)は主たる背景を北方領土とし、オホーツク海でレポ(諜報)活動に携わる漁師の実態を描いている。『凍れる瞳』(88年)はBC級戦犯など先の戦争を背景に、巨人軍に在籍した名投手スタルヒンの知られざる生涯を描いた小説。『わが心、南溟に消ゆ』(00年)は昭和30年代前半、インドネシアへの戦後賠償を巡って、スカルノ大統領に嫁いだもう1人の日本女性の生涯を描いている。

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水色の娼婦
西木正明・著

定価:1785円(税込) 発売日:2013年09月07日

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