「編集者から『不妊治療する夫婦が養子を迎える話はどうでしょうか』と、具体的な提案をいただいたのがきっかけです。テーマとして難しく、重いものになることは予想できましたが『辻村なら書けるのでは』と期待されていると感じ、光栄に思いました」
ある日、栗原清和・佐都子夫婦の元に、6歳になったばかりの息子・朝斗が同じ幼稚園に通う大空君を押し、ジャングルジムから落として怪我をさせてしまったと連絡が入る。
「朝斗は『押していない』と主張し、佐都子は大空君のママと険悪になろうが、息子の言葉を信じようとします。後に朝斗は夫婦の間から生まれた子ではなく、養子ということが明かされますが、血に関係なく、親は子を信頼しようとするし、子も親の気持ちを敏感に感じとり、安堵する。トラブルも含めて子供を持つ家の普通の平穏というものを最初に提示したかったんです」
栗原夫婦は4年に及ぶ不妊治療の結果、自力での妊娠を諦め、特別養子縁組という制度を利用して、産みの親が出産後手放さざるを得なかったゼロ歳児の子供を養子に迎えたのだった。
「特別養子縁組の取材は予想を裏切られることばかりでした。『産んでくれたお母さんがいたから、あなたに出会えた』と実母に感謝するケースが多く、養親は迎えた子供や、時には周りの人たちにも養子であることを説明するんですね。そこに人を信じようとする姿を見ました。しかし、フィクション作品で人の善意や優しさを描こうとするとどうしても偽善的に見えてしまう。そこにどうリアリティの肉付けをしていくかを心がけました。
また、デビューして10年が経ち、伝えたいことを表現するための言葉が研ぎ澄まされ、密度が増した感覚があります。結局、想定していた分量の約半分で書きあげることができました。それは『ここまで書けば伝わるはず』と、いままで以上に読者を信頼できるようになったことが大きいです」
物語は後半から、朝斗を14歳で出産した、ひかりの半生が語られる。そして、佐都子も含めた3人の人生が交錯する瞬間が――
「ひかりは、子供を手放す以外に選択肢がなく、それしか道はなかった、と思っているけれど、刹那刹那での朝斗を愛する気持ちに嘘はない。でも、報道などで子を手放す母親がとりあげられると、細部の葛藤までは伝わらず、無責任で身勝手な印象を持たれることさえある。もどかしい気持ちがありました。だからこそひかりの存在を丁寧に追いたかったんです。それが可能なのが小説という形だと思います」
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