インタビューほか

平野啓一郎×中島岳志

「対談◎血盟団事件とは何者だったのか ――革命・三島由紀夫・近代化」文學界2013年11月号より

平野啓一郎×中島岳志

一九三二(昭和七)年、前蔵相の井上準之助と三井財閥総帥・団琢磨が相次いで暗殺される。世に言う「血盟団事件」は、怪僧・井上日召率いる血盟団によって起こされたものだった。「一人一殺」の境地に至った彼らは一体、何を見、何を考え、何を為したのか。 丹念な取材と資料蒐集で労作『血盟団事件』を著した気鋭の政治学者と時代を見つめ、時代を抉る作品を数々発表してきた俊英の小説家が、テロリズムから文学、宗教、思想に至るまで、刺激的な議論を展開した。

ひらのけいいちろう一九七五年生まれ。福岡県出身。
デビュー作『日蝕』で芥川賞受賞。
『葬送』、『決壊』(芸術選奨文部科学大臣賞)、『ドーン』(Bunkamuraドゥマゴ文学賞)、『空白を満たしなさい』など著書多数。
『私とは何か――「個人」から「分人」へ』の独創的なアイデンティティー論は話題を呼んだ。
なかじまたけし一九七五年生まれ。大阪府出身。
北海道大学法学研究科准教授。
『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞受賞。
『インドの時代』、『パール判事』、『秋葉原事件』など著書多数。
アジア政治と思想、日本近現代の政治について活発に著作を発表している。

中島 平野さんが芥川賞を取られたのは、僕が大阪外大から京大の大学院に入った頃でした。平野さんが師事された政治思想史の小野紀明先生の授業を僕も受講していて、非常に大きく影響を受けている。七五年生れの同い年ということで、関心を抱かれている分野に共感することも多かったんです。

平野 『血盟団事件』面白く拝読しました。知らなかったことも多くあって勉強にもなりました。一冊の本としても終盤に行くにしたがって盛り上がりがありますね。決行に至るまでの緊迫感、例えば、四元義隆が九州で憲兵の尾行を撒くために計画が変更されるあたりなどは、どうなるんだ、どうなるんだとページを捲っていきました。もちろん、結末は分かっているんですが。

中島 平野さんは、『私とは何か』で書いているように、個のあり方を「分人」という概念で議論されています。僕もそこには非常に共鳴していて、これまでアカデミックな領域で研究してきたことと、非常に親和的だと思っています。

血盟団事件を準備したもの

平野 まず『血盟団事件』を読んでの印象から話しますと、血盟団は大きく農村部の大洗グループと帝大グループに分類できますよね。そこに、海軍、陸軍のグループなんかも含まれてくるわけですが、しかし両者の間にはテロに至る道筋において大きな違いがある。農村部の貧困の現実に直面し、義憤に駆られてというのが大洗グループの原点です。そこで率直に感じたのは、明治維新の志士に比べて、彼らはなぜこんなに暗く感じられるのかということ。明治維新は現在に至るまで、ある種の憧れをもって語られている。僕はひと頃、『ドン・キホーテ』のパロディとして、司馬遼太郎を読み過ぎた男が、坂本竜馬になろうとする小説を書こうと考えていたくらいです(笑)。

 いつの時代も「明治維新」は憧れの対象だった。貧乏藩士に代表される、現体制に不満を持つ人々が、既成の枠組を超えた独自のネットワークを形成し、やがては国家という範囲すら超えて、イギリスのような列強と連携して革命運動を起こす。その過程は、非常にヒロイックに描かれてきました。ところが、血盟団事件には、そうした爽快さがない。

中島 それは重要な指摘で、明治維新と昭和維新の最も大きな差異は、「物語」の問題ではないかと思う。『坂の上の雲』は秀逸なタイトルで、司馬遼太郎が描くのは、まさに今、坂を上っている青年たちです。富国強兵、殖産興業なる国家目標を達成して、日本を何とか一等国にしたいと夢見る青年たち。国民国家の物語と個の物語が一体化していく、そういう時代の空気を鮮やかに描いている。しかし、その物語は日清日露の戦間期に幕を下ろす。

 先駆的には北村透谷ですが、当時の思想・文学の界隈に「煩悶青年」が出てくる。明治第三世代にあたる人たちは、国家の物語に関心がない。自己の内面、いかに生きるか、恋愛至上主義、こういったことばかりを考える青年がエリート層から生まれてくる。それが一九〇〇年ぐらいのことです。特に一九〇三年、一高生藤村操が華厳の滝に飛び込んだ自殺が象徴的でした。

『血盟団事件』の主導者である井上日召はこの世代にあたります。彼は日露戦争に、死を希いつつ従軍する。彼自身も「内面の煩悶」を抱えていた。田舎社会でうまく生きられず、自己に対する承認も得られず、キリスト教のコミュニティからも離脱する。つまり坂を上り切った後、遂に雲の中に入り込んだ、明治人には理解できないような時代の青年だった。彼らがなぜ「国家」と結びつき、「維新」を掲げ凶行に走ったのかが僕にとっての大きな関心事です。だから正直なところ、司馬が描いた時代には主体的な興味がない(笑)。

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文學界2013年11月号

特別定価:1000円(税込) 発売日:2013年10月7日

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血盟団事件

中島岳志・著

定価:2100円+税 発売日:2013年8月7日

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