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今では不可能な犬ぞりの旅

今では不可能な犬ぞりの旅

文:大島 育雄 (在シオラパルク猟師)

『極北に駆ける』 (植村直己 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

厳しくなる狩猟規制

 一九八〇年代末に、村の人たちの努力で発電所が出来て以来、この地も大きく変わりました。かつては村にひとつしか電話はなく、それも交信状況がひどく悪いものでしたが、今では私の家にも電話やファックスがあります。テレビで世界のニュースも即座に伝わります。子どもたちはネット通販を楽しんでいますし、商品はスウェーデンからでも一週間でこの地まで届きます。

 今もこの村は狩りで生活をしていることに変わりはありません。犬ぞりで、セイウチやアザラシを獲って暮らしています。

 しかし近年、環境保護団体の声が大きくなり、私たちの生活が脅(おびや)かされるようになりました。EUがアザラシの毛皮の輸入を禁止しようとしたり、自治政府からも、セイウチ猟を一シーズン、一人一頭に規制する通達がでたりと、年々、猟で生活を立てることは厳しくなっています。

 狩猟規制の効果もあってか、私たちの暮らすフィヨルドでは、セイウチが大群でのんびりしています。獰猛(どうもう)なセイウチが増えるとアザラシが逃げてしまい泣き面にハチです。夏、政府の生態学者が頭数調査をする季節にはセイウチもみんなカナダ沖に行ってしまうので、一頭も見当たらない。その結果で絶滅の危険性があるなどとレポートをまとめて狩猟規制が厳しくなっているのですから、猟師としては歯がゆくてなりません。

 そういうこともあり、一時百人を超えていたシオラパルクの人口は、五十人以下に激減してしまいました。

 本書に登場する人びとの人生も、その後大きく変わりました。今はカナックで暮らす子もいれば、自殺してしまった子もおり……。植村直己さんの家に一番のりで押しかけて、「フナウナ(これは何?)」と好奇心の塊(かたまり)だった当時五歳のターベは、結婚して夫婦でカナダへと移住していきました。

 四十年近くこの地で暮らしている私などは、すっかり古参です。アザラシの皮をつかったムチや、アノラック、カミック(防寒靴)、なんでも作れるようになり、専門学校から皮の処理のレクチャーでまねかれることもあります。

 今は色々と代替できる商品も売っていますが、やはりゴム製などではひどく寒いときには割れたりと限界があります。環境が必要とするものは自分たちで作れたほうが良いと思いますし、私の子どもたちもひと通り作れるように育てました。

極北に駆ける〈新装版〉
植村 直己・著

定価:580円(税込) 発売日:2011年02月10日

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