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見るに値しない人なんかいない

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「本の話」編集部

『ギッちょん』 (山下澄人 著)


ジャンル : #小説

世界が変わった

――「水の音しかしない」は東日本大震災を契機に書かれた作品ですか。

山下 契機、というか、震災があって原発事故が起こり、その瞬間から、ほんまに世界が変わってみえた。もし地震と津波だけだったらそこまで思わなかったと思う。放射性物質が拡散した、ということが始まって「起きるべくして起きた」という言い方は出来るけどつゆほども思っていなかったことが起きた。世界が変わったことを、書きたいと思った。

――1995年の阪神・淡路大震災ではご実家が被害に遭われていますよね。

山下 ええ、家が全壊したし、自分が見知った場所が壊滅しました。その現実感のなさと、それが現実に起きているっていう衝撃と、驚きと……その時自分の頭の中で起こったことというのは……。それをずっと書いている気がします。

――脚本執筆を始めたのもその頃ですよね。

山下 そうです。それまで俳優だけやっていましたから。地震があって、同じ年に父が亡くなって、翌年FICTIONをたちあげました。

――この作品に「ビッグ斉藤」という大男が登場します。もと相撲取りで「しかしわたしはまったく勝てませんでした。負けはしませんでしたが、勝てませんでした。というのは、勝ちたいと強く願う相手を見ていると相手がかわいそうになってしまって自分から土俵を出たりしていました」という優しい人です。

山下 一番に殺される奴ですよね。優しいっていうのは、殺される奴ですよ。大食漢だし、体も大きいし、力も強いのに。いや、ビッグ斉藤、死んだかどうか憶えてないですけど。

――優しいから最初に殺されてしまうんですね。

山下 違う、最初に殺されるから優しいんですよ。順番が凄く大事。

――「トゥンブクトゥ」は、FICTIONの劇「ティンバ/クトゥ」と内容的に重なる部分があるのでしょうか。

山下 全然ない(笑)。題を考えるのが苦手やから。劇をつくるときは必ず題から先に決めていたんですけど。そのほうが走りやすかった。たぶんまだ、小説を書くっていうことが自分の手の内に入っていないんです。海のもんとも山のもんともつかへんから、やってみなわからんぞっていう思いがあるから。題を先につけると、逃げられなくなるぞっていう。

――この作品の第2部で、海で流されていく男の子を若い女が救助するシーンがあります。それを海辺の男2人が「がんばれ!」と応援します。格闘技がお好きとのことですが、この場面は格闘技観戦っぽいな、と思いました。

山下 ぼくはあまり、演劇的なプロレスには興味がなくて、ボクシングとか、筋書きがないやつが好きなんです。劇つくっているときも「おれら、プロレスじゃない」ってよく言っていました。

――今年に入ってからも「歌え、牛に踏まれしもの」(「群像」3月号)、「砂漠ダンス」(「文藝」夏号)と活発に作品を発表されています。ホームレス、新興宗教の女、要介護老人、1人病院で死んでいく男……もしかして山下さんは、いまの日本の「レ・ミゼラブル(虐げられた人々)」を書く作家なのではないか、とも思います。

山下 なるほど。でも、そうだとして、ぼくがぼくの身の周りの人達に向ける視線は人道的なものではないんですよ。ただ「面白い」と思っているんです。「面白い」ということの定義が、一般的に言われていることと、ずれているんです。つらい、悲しい、不快、ということもそこに全部入っているんです。とにかく忘れ得ぬ出来事、瞬間、それを面白い、と言うんです。

ギッちょん

山下澄人・著

定価:1628円(税込) 発売日:2013年03月09日

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