人が人を信じ、愛し抜くことも信仰
江戸城の大手門で勇ましい勝鬨を上げ、船を連ねて島原に至った足軽たちと、押し寄せる敵の姿にただ震えていた原城の女や子供たち。城内に幾度も投降を呼びかけた信綱は、どんな思いで全軍を指揮していたのだろうと痛ましくなりました。
信綱は後世には怜悧な自信家というイメージですが、原城戦ではけっして力攻めをせず、城を落ち延びた者を自身の家臣に取り立ててもいます。江戸時代はこの後いくさがなかったので、信綱はいくさの真の悲しみを知る最後の一人になったかもしれません。
人が人を信じ、愛し抜くことも信仰だとずっと思ってきました。夫婦や親子の愛は傍目にも分かりやすいけれど、ときにはそれらを超える友情や信頼があり、その思いに貫かれて一生を送る人もいる。信綱が家康に神を見たように、人はときに自分が信じる人を通して神を見ることもあります。
『遠い勝鬨』の舞台は家康が天下統一を果たして死に、幕府が武断から文治へと大きく舵を切っていく時代です。それまで百年も続いた戦乱に多くの人は辟易し、平和の到来を渇望していたと思います。さまざまな立場の人がその同じ願いのために力を尽くす、そんな時代の坂道の風景を書きたかったのです。
信綱に苦境を救われ、弟のように愛されて育ったもう一人の主人公、小太郎が何を選び、誰の言葉に導かれて生きたのか。人はどんな状況で大切な人と別れることになっても、最後に瞼に浮かべるのはその大切な人と同じものなのではないか。誠実に生きていれば、正反対の道を行くことになっても心はずっと強くつながっていられると信じています。
時代に呑まれた二人が、互いにもう一度会いたいと願いながら果たせずに、最後はただ大きな歴史のうねりの中でそっと安堵の息をつく――。
はるかな勝鬨のようなささやかな余韻が読者の皆さんの胸に残ったら、作者としてはとても幸せです。
遠い勝鬨
発売日:2014年09月19日
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