本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
対談 佐々木譲×逢坂剛<br />鬼平 VS. 警察

対談 佐々木譲×逢坂剛
鬼平 VS. 警察

文:「本の話」編集部

『平蔵の首』 (逢坂剛 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

佐々木 もう一つ、改めて任侠映画を観ましたね。『昭和残侠伝』や『日本侠客伝』シリーズなんかは、戦前を舞台にしているんですけれど、芸者さんと客の雰囲気、あるいは建物や街、働く人の雰囲気は、大きく変わっていないはずです。それを視覚的に自然に思いだせるくらいまでに頭に入れようと思って、DVDで買いこみました。もしかしたら、いまも政治家たちは赤坂辺りで花街の雰囲気を体感しているのかもしれないけれど、逢坂さんだって無縁の世界でしょう?

逢坂 広告代理店に勤めていた若い頃、得意先のご招待で向島に連れていかれたことがありました。野球拳をやる時に、くわえタバコで立ったら、「畳の上でくわえタバコは駄目よ」なんて、色々教わってね。当時はギターを弾いてばかりだったから、「禁じられた遊び」を三味線で弾いて聞かせたら、「あなたは器用なことをする坊ちゃんだ」なんて言われて、男をあげましたよ(笑)。

佐々木 エッ、逢坂さんは三味線も弾くんですか?

逢坂 やらないけど弦楽器だから、何となく弾けたんだね。まあ後にも先にもそれが唯一の芸者遊び体験ですよ。

佐々木 やっぱり私は見てきたように、書かなくてよかったんだ(笑)。

漱石の作品は本郷小説

逢坂 私なんかは、調べたことを十のうち八くらいはせめて書こう、と欲張ってしまうタイプ(笑)。でも、池波さんという作家は、十調べたことも二くらいしか、ご自身の小説に書かなかった気がします。『鬼平』に限らず、池波さんの小説は改行が多く、心理描写のくどさがない。いま思うと冷や汗ものですが、若い頃は行間がスカスカしているようにも見えたものです。これがプロになってから読むと、実はそこに恐るべき情報が埋まっているのに驚きました。読者は無意識にそれを掘り起こしながら読むから、逆に想像力をかき立てられるんです。

佐々木 逢坂さんとは別の意味で、私は若いころは、池波さんのいい読者ではなかったんです。というのも、先ほども言ったように北海道に生まれ育った人間には、江戸文化への距離は、外国文学を読むのと同じように遠い。「オール讀物」を買って読む時は、東北のどこか小さな藩を舞台にした藤沢周平さんの小説を楽しみにしていました。

逢坂 藤沢さんの人気がグーッと出たのは晩年で、池波さんの『鬼平』がスタートした昭和40年代前半より、もう少し後でしょうけれど、藤沢さんもオール讀物新人賞の出身ですよね。

佐々木 藤沢さんは、私が新人賞をもらった時には、選考委員のお一人でもあったんです。今でも変わらぬ人気がありますが、池波さんと藤沢さんは、かつて「オール讀物」の二本柱でしたよね。私もその頃はもう、台東区の谷中に住んで、歌舞伎好きの下町生まれの女房は、テレビの『鬼平』も大好きでね。色々と教わっているうちに、『鬼平』の面白味も分かってきました。

逢坂 土地鑑って書く時だけでなく、読む時でも大切ですね。

佐々木 隣り町の本郷(文京区)は、夏目漱石が住んでいたこともあって「文豪の街」っていうキャッチフレーズを地元でつけているんですが、それこそ谷中に住んだら、突然、漱石は本郷のご当地小説を書いていたことに気がつきました。札幌の高校時代、いま一つ面白くなかったのに、本郷小説だったと気づいて、目から大きな鱗が落ちました(笑)。池波さんの書いた江戸ものもそれと同じですね。

逢坂 それは分かるような気がするなあ。池波さんの小説は土地鑑もそうですが、さらにリズム感に天性のものがあるんですよ。ハードボイルド系はとにかく書きこまないと気が済まない感じの小説が多く、私もそうしたものをよく読んできたけれど、池波さんは綿密な部分とスッと進む部分をパッと切り替えていく。作品から学ぶことは本当に多いです。

【次ページ】事件が先か、小説が先か

平蔵の首
逢坂剛 中一弥

定価:682円(税込)発売日:2014年09月02日

ページの先頭へ戻る