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鬼平血闘! 時代劇の金字塔を大スクリーンで 松本幸四郎×市川染五郎

鬼平血闘! 時代劇の金字塔を大スクリーンで 松本幸四郎×市川染五郎

生島 淳

出典 : #文春オンライン
ジャンル : #歴史・時代小説

 5月10日、鬼平がスクリーンに甦る。

 松本幸四郎が鬼平こと長谷川平蔵(はせがわへいぞう)となり、今年の正月に時代劇専門チャンネルでテレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」が放映されたのに続き、今度は全国の映画館で劇場版「鬼平犯科帳 血闘(けっとう)」が公開の運びとなる。完成した作品を見て、幸四郎も興奮の面持ちだ。

「荒ぶる」鬼の平蔵

「長谷川平蔵、鬼平の物語がいよいよ走り出したという感じがしました。今回は激しい立ち回りのシーンが多いので、その迫力というのは画になってみないと分からない部分が多かったのですが、実際に見てみるとかなりのインパクト、衝撃がありました。自分でいうのもなんですが、面白いです(笑)」

長谷川平蔵役を演じた松本幸四郎さん

 今度の作品は、池波正太郎の「鬼平犯科帳 決定版」の第四巻に収められている「血闘」と第五巻の「兇賊(きょうぞく)」がメインの原作となっており、鬼平犯科帳を愛する読者ならば「ああ、これは『兇賊』の話だ」とピンと来ることだろう。池波正太郎の世界が令和の時代に甦ったわけだが、本作では改めて、長谷川平蔵がなぜ「鬼平」と呼ばれるようになったのか、その背景が浮かび上がってくる。

池波正太郎『鬼平犯科帳 決定版(四)』(文春文庫)

 幸四郎にとって鬼平に初めて扮した「本所・桜屋敷」では、配下の者たちをグイグイと引っ張っていくというよりも、規律を重んじつつも気づかう面が見られた。ある意味、現代の理想のリーダー像として見ることも出来た。しかし今回は「荒ぶる」鬼平が見られる。幸四郎は、長谷川平蔵が怒りをたぎらせるのには、必然があると語る。

「平蔵が感情的になる時というのは、なにか大きな決断を迫られた時だと思います。ですから、なりふり構わず突っ込んで行ったり、激しく叫ぶといった単純な感情表現ではなく、なにかマグマが爆発したような強さ、怖さがあるのかなと思います。だからこそ、『火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)、長谷川平蔵』と名乗りを上げた時に、相手を圧倒するような『圧』が生まれるのではないでしょうか」

©「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ

 若き日の鬼平の「怒り」

 鬼平の怒り、それは「憤怒」と呼ぶべき重い感情表現である。

 本作品が独創的なのは、平蔵がやんちゃだった若い時分、「本所の銕(てつ)」と呼ばれた時代に、激しい感情、憤怒の萌芽が見られることである。「本所・桜屋敷」に引き続き、若き日の平蔵・長谷川銕三郎(てつさぶろう)を演じるのは幸四郎の長男、市川染五郎である。今回の「血闘」では銕三郎の激しい内面がより深く表現されていると話す。

「後々、鬼平と呼ばれるようになる銕三郎ですが、本来、内心に宿っていた鬼の部分がより濃く描かれていると思いました。今回は、自分としても“鬼銕(おにてつ)”であることを見せられるように意識したつもりです」

長谷川銕三郎役を演じた市川染五郎さん

銕三郎としての集大成を

 本作品で銕三郎は愛する人のため、殴り込みをかける。それはのちの鬼平の行動にもつながっていく重要なシーンだが、染五郎にとって、この場面の撮影には大きな意味合いがあった。

「殴り込みは、銕三郎としての最後のシーンでもありました。その意味でも自分の気持ちもいちばん高揚していましたし、お正月の『本所・桜屋敷』、そして『血闘』と併せ、『銕三郎として臨んできた集大成を見せなければいけない』という気持ちもありました」

池波正太郎『鬼平犯科帳 決定版(五)』(文春文庫)

 染五郎の立ち回りは、刀ではなく振り棒を使った珍しいもので、重低音が響くような迫力を生んでいるが、当初、扱いには苦労したという。

「最初に持たせていただいた振り棒はかなり重くて、とてもこれでは立ち回りは出来ないと思うほどでした。何度か作っていただき、最終的に扱いやすいものにしていただいたのですが、それでもそれなりの重さがありました」

 父の幸四郎も振り棒を握ったが、「かなりの重さがあり、野球のマスコットバットを振り回して立ち回りをしているような感覚だったと思いますよ」と話す。動きやすさを考えれば発泡スチロールの素材のものに塗装することも可能ではある。しかし、「それだと迫力が出ないんですよ」と染五郎は話す。

「動きやすさを優先させるなら、そうした小道具を使う選択肢もあったかもしれません。ただ、映像だと軽すぎるとリアルに見えなくなるんですよね。ある程度の重さが必要ですが、重すぎると動きづらいですし、ケガのリスクも高まります。その塩梅というか、加減が難しかったです」

©「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ

 撮影では、それなりの重さのある振り棒を狭い室内で振り回さなければならず、殺陣(たて)としての難易度は高かった。

「殺陣というのは本当に相手を殴るわけではありませんが、観客の皆さんには殴っているように見えなければならない。狭い室内でどうお見せするのか、“空間把握能力”が必要だと感じました」

「本所・桜屋敷」「血闘」というふたつの作品を通して、「銕三郎に対する愛着が湧きました」と話す染五郎。殴り込みの場は必見である。そして今回の作品を見て感じるのは、染五郎の役柄の幅が広くなってきたことである。数年前までは歌舞伎の舞台でも「和事」のイメージが強かった染五郎だが、今回の銕三郎だけでなく、1月の歌舞伎座で祖父の松本白鸚、父の幸四郎と共に舞台に立った『息子』でも見せたように、骨太の表現が板につきつつある。舞台に映画にと、八面六臂の活躍を見せていることが充実につながっているようだ。

平蔵、絶体絶命のピンチに

 染五郎は振り棒の立ち回りで力強さを表現したが、幸四郎演じる平蔵も、絶体絶命のピンチを迎える。この窮地をどうやって打開するのかが、本作品最大の見どころとなる。幸四郎はこの殺陣をこう振り返る。

「たったひとりで囲まれてしまい、しかも刀さえも奪われてしまっている状況で、どうやって切り抜けるのか。完成した作品を見て、緊張感あふれるシーンになっているのをうれしく思いました。とにかく、同心たちが駆けつけるのが遅いので、仕方がないから一人でやるしかないわけです(笑)」

©「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ

 撮影現場では殺陣師の清家三彦氏が、平蔵が業物(わざもの)を持たずに、どうやって状況を打開していくのかを幸四郎に説明してくれたうえで、撮影に入った。

「刀がない中で何を武器にして、どうやって大勢の敵に立ち向かい、切り抜けていくのか。それを清家さんが論理立てて説明してくださったので、ひじょうにやりやすかったです。歌舞伎ではゆっくりと刀を一周させればみんな死んでくれるんですが(笑)、映像の世界では一人ひとりと対峙しなければならないので、本当にたいへんです。一つひとつの動きに意味があるので、そこをご覧いただきたいですね」

 歌舞伎は舞台の幕が上がれば止まることはないが、撮影での立ち回りは一分を超えると「長回し」といえる。

「歌舞伎は一時間を超える作品であっても、ノンストップなので、アッという間なんですよ。ところが、映像作品での殺陣の一分間となると、かなりの緊張感があります。2~3分ともなれば……。相当長いものになります。その意味では映像の仕事は集中力、瞬発力が求められ、密度が濃い。そうした撮影の積み重ねが2時間近い作品になっていくわけで、ある意味すべてが『一期一会』と呼べるのではないかと思います」

強力な個性派俳優陣

 作品は出会いの積み重ねといえるが、共演者たちも個性派がそろい、作品に厚みを加えている。

 今回、敵役となる「網切(あみきり)の甚五郎」を演じるのは北村有起哉だ。鬼平は甚五郎に再三再四、煮え湯を飲まされるが、甚五郎も鬼平に対して屈託を抱えていることが示される。幸四郎は苦笑いしながら、敵役の存在をこう話す。

©「鬼平犯科帳 血闘」時代劇パートナーズ

「網切の甚五郎、大嫌いです(笑)。本当に悪い奴なんですが、強いわけではなく、だいたい逃げているんですよ。憎たらしいけど、強いのか弱いのか、よく分からないという(笑)。そのあたりは難しい役どころだったと思いますが、北村有起哉さんご自身が『鬼平』に出られることに高揚感を感じていらっしゃって、その気持ちが映画にも表れていると思います」

 加えて、鬼平を支える人間たちが深い印象を残す。密偵・おまさ役には中村ゆり、同じく密偵の相模の彦十(ひこじゅう)を火野正平が演じる。特に今回は、おまさの動きが物語を前に進める原動力となっており、捨て身となったおまさを平蔵がいかに救うのか。物語は加速度を増していく。

 そして鬼平犯科帳の世界観を支えるものにも抜かりがない。池波正太郎の世界では、食べものが重要な薬味となっているが、今回も「五鉄(ごてつ)」は健在。軍鶏鍋屋の主人には松元ヒロが就き、そして料理の監修に和食料理人の野﨑洋光氏が入り、万全の体制が敷かれている。

京都という土地で

 撮影が行われたのは初夏の京都。毎年12月は南座での顔見世があり、歌舞伎役者にとっては大切な土地である。染五郎は「わりと京都を楽しむ時間がありました」と振り返り、神社仏閣を訪ねたり、錦市場に食べ歩きにも出向いたという。「エビフライが乗っているパフェが、意外と美味しかったです(笑)」というあたりが若者らしい。そして、幸四郎は鬼平に集中する時間を過ごせたと話す。

「何度も京都は訪れていますが、ほとんどが真冬でした。京都は暑いか寒いか、どちらかしかないと思っていましたが、今回の撮影は5月、6月で、京都にも過ごしやすい季節があることを初めて知りました(笑)。撮影中はずっと京都に滞在していたので、その期間は鬼平に集中していられたのはありがたかったです」

 祖父、叔父から受け継いだ長谷川平蔵。松本幸四郎にたすきがつながれ、「鬼平犯科帳」の物語が、いよいよ令和の時代に動き出した。

(「オール讀物」2024年5月号より転載/写真◎杉山秀樹)

いちかわそめごろう 2005年生まれ。18年、八代目市川染五郎を襲名。

 

まつもとこうしろう 1973年生まれ。2018年、十代目松本幸四郎を襲名。

INFORMATION

劇場版『鬼平犯科帳 血闘』
2024年5月10日(金)公開

山下智彦 監督作品
出演
松本幸四郎
市川染五郎 仙道敦子 中村ゆり 火野正平
本宮泰風 浅利陽介 山田純大 久保田悠来 柄本時生/松元ヒロ 中島多羅
志田未来 松本穂香 北村有起哉
中井貴一 柄本明

劇場版『鬼平犯科帳 血闘』公式ホームページ
https://onihei-hankacho.com/movie/

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