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鬼平襲名! ――令和に親子で繋ぐ“鬼” 松本幸四郎×市川染五郎

鬼平襲名! ――令和に親子で繋ぐ“鬼” 松本幸四郎×市川染五郎

取材・構成:生島 淳

出典 : #オール讀物
ジャンル : #歴史・時代小説

 池波正太郎生誕100周年を機に人気シリーズが新キャストで蘇ります。

 親子で鬼平を演じるお二人の先達への敬意、そして使命とは――


――待望の「鬼平犯科帳」が帰ってきます。まず、2024年1月に「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」が時代劇専門チャンネルで放送、さらにLeminoでも配信されます。幸四郎(こうしろう)さんは鬼平について、これまでどんな印象を持っていましたか。

幸四郎 「鬼平」はいわゆる捕物帳ではありますが、祖父(初代松本白鸚(まつもとはくおう))、丹波哲郎(たんばてつろう)さん、(萬屋(よろずや)錦之介(きんのすけ)のおじさま、そして叔父(二代目中村吉右衛門(なかむらきちえもん))が演じてきたこれまでの作品を見ますと、人間ドラマという印象が強いと思います。長谷川平蔵(はせがわへいぞう)はどんな人と相対しても、正面から向き合い、自分の信念を貫く強さを感じます。

――一方の染五郎(そめごろう)さんは今回、長谷川平蔵の青春時代、「本所の(てつ)」こと、長谷川銕三郎(てつさぶろう)を演じられます。

染五郎 正直なところ、今回出演するにあたって初めて「鬼平犯科帳」を拝見しました。もちろん、曾祖父、吉右衛門のおじさまが出演されていたのは知っていましたが、「本所・桜屋敷」、「血闘」、そして父が染五郎時代に出演していた「引き込み女」を拝見して、鬼平のイメージが変わりました。

――それまではどんな印象を持っていたんですか。

染五郎 「鬼の平蔵」といわれるくらいですから、冷徹な人だと勝手に想像していました。ところが、強さ、厳しさのなかにも優しさがあり、「男が憧れる男」という人物だったのかという発見がありました。これまで映像作品では銕三郎がフォーカスされたことはなかったので、銕三郎時代があったからこそ、父が演じる鬼平につながっていくという気持ちで演じたいと思っていました。

「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」Ⓒ日本映画放送

――連携を意識されたわけですね。鬼平の世界観といえば、「人間は善いこともすれば、悪いこともする」という台詞に代表されるように、池波作品には人間が二面性を持っているという哲学があるように思います。幸四郎さんは、そうした価値観についてはどう考えていらっしゃいますか。

幸四郎 まさに二面性というか、鬼平の世界に接すると、「いろいろ変わっていくのが人間なんだ」と思ったりします。長谷川平蔵その人も、単純なヒーローとはまた違うキャラクターです。完全無欠ではない。なにせ、銕三郎時代は本当にやんちゃというか、ひどい(笑)。鬼平になってからも完璧ではなく、失敗があり、だからこそ人間らしいといえる。それが池波先生の作品の魅力だと思いますね。

――本当にいろいろなキャラクターが出てきますからね。愛すべき悪人。どこか抜けている同心。

幸四郎 そうそう。平蔵も決してひとりで解決しようとはしません。必ず傍に誰かがいる。そこで話し合ったり、昔のよしみで噂が耳に入ってきたり。そうした人間とのやり取りがあって、最終的に結末が見えてくる。まさに、それぞれの人間には過去があり、現在があるという人間ドラマ。それが「鬼平犯科帳」だと思います。

“鬼平”の継承

――幸四郎さんからの、おじいさま、叔父さまが長谷川平蔵を演じられ、そして今回、幸四郎さんと染五郎さんが出演することで、四世代にわたって高麗屋、播磨屋が「鬼平」という映像作品に関わることになったわけですが、これはひじょうに珍しいことだと思います。

まつもとこうしろう 1973年生まれ。79年、三代目松本金太郎を襲名し初舞台。2018年、十代目松本幸四郎を襲名。歌舞伎の他舞台やドラマでも活躍。

幸四郎 歌舞伎では同じ役を代々演じていくことはよくあることですが――もちろん、これもたいへんなことです――ドラマでこうしたケースはあったんでしょうか?

――たぶん、ないと思います。

幸四郎 結果として4世代にわたって関わらせていただくというのは、「鬼平犯科帳」という作品がいつの時代にも受け入れられる普遍性を持っているということでしょう。昭和に祖父、平成に叔父、そして令和に入って私が出会った。ただただ幸せに思うだけです。

――吉右衛門さんの鬼平は1989年から2016年まで、連続ドラマとスペシャルを合わせ28年にも及ぶ人気シリーズとなりました。染五郎時代には出演もされていましたが、長谷川平蔵への憧れはありましたか。

幸四郎 今回、叔父と同じ撮影所で仕事をさせていただき、スタッフも含めて「鬼平犯科帳」に何十年も関わってきた方がいたり、叔父が使っていた衣裳、小道具も大切に保存されていて、実際に使わせていただきました。

――ドラマにおける芸の伝承があったわけですね。

幸四郎 新しい鬼平を誕生させることが今回の使命だとは思いますが、そうした積み重ねがあるからこそ、現代で鬼平が出来るわけです。ただし、叔父が演じていた時も、「いずれはやってみたい」というようなことは思わなかったです。もっとシンプルに「わっ、カッコいい。面白い」と感じていただけで(笑)。私は染五郎時代に「引き込み女」と「盗賊婚礼」というスペシャル2作に出演させていただきましたが、撮影所で叔父のところへ楽屋挨拶に行った時も、「あ、生鬼平がいる」という目で見てしまいましたから(笑)。

――完全にファン目線ですね。今回、鬼平を演じるにあたっては、おじいさま、叔父さまとの差異というか、「自分の鬼平」をどのように造形していこうと考えられましたか。

幸四郎 祖父、叔父の鬼平をとにかく見ました。イメージが刷り込まれてしまうので、ある意味、自分をがんじがらめにするような作業ですが、そのうえで自分が長谷川平蔵という役をどう演じられるかを考えていました。本音をいえば、祖父、叔父の鬼平を真似したい。でも、そうすると芝居にはなりませんし、私がやる意味もなくなってしまう。やはり、池波正太郎先生の原作、大森寿美男(おおもりすみお)さんの脚本、そして山下智彦(やましたともひこ)監督の世界観をどれだけ体現できるか、それに徹したという感じです。

――新年に放送される「本所・桜屋敷」では、染五郎さん演じる銕三郎の立ち回りのシーンから物語が始まります。染五郎さんはどんなことを意識してお役に臨まれましたか。

染五郎 ドラマで描かれている銕三郎は僕と同世代の設定ですが、役づくりの上ではもう少し年上の25歳くらいのイメージで撮影に臨みました。はっきりと年齢に言及するところはないので、それくらいの設定の方が銕三郎らしさが出ると思ったので。

「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」Ⓒ日本映画放送

――立ち回りが最初の撮影シーンだったんですか。

染五郎 あのシーンは、むしろ撮影の終盤に撮ったと記憶しています。火野正平(ひのしょうへい)さん演じる相模の彦十(ひこじゅう)と、阿佐辰美(あさたつみ)さんの左馬之助(さまのすけ)軍鶏(しゃも)鍋を食べるシーンが最初でした。

――ああ、あの「五鉄」のシーンですか。

いちかわそめごろう 2005年生まれ。09年、四代目松本金太郎を襲名し初舞台。18年に八代目市川染五郎を襲名。22年6月「信康」で歌舞伎座初主演。

染五郎 軍鶏鍋が美味しくて、カットがかかってからも食べていました(笑)。

――親子で長谷川平蔵というひとりの人物を演じるというのは、興味深い設定であり、演出ですよね。

幸四郎 のちのちになり、「鬼平」というすごい名前で呼ばれるようになる男なわけです。息子にプレッシャーをかけるわけではありませんが、今回は銕三郎時代を描くことによって、鬼平と呼ばれる所以を強く感じていただけるんじゃないかと、息子と話をしました。

染五郎 父の作品なので、自分はあくまで父が演じる平蔵の若いころを演じるという気持ちでしたね。同じシチュエーションのシーンがあって、父の方が先に撮影が済んでいれば、それに合わせたことはありました。細かいところでは小道具の扱い方や、おちょこの持ち方は父に合わせたりはしました。

――歌舞伎とはまた違って、映像でのこうした親子の連携というのは興味深いです。お父さまからご覧になって、息子さんの仕事ぶりはいかがでしたか。ご本人を前に言いづらいかもしれませんが。

幸四郎 頑張ったなと思います。先ほど立ち回りの話が出ましたが、殺陣がここまで出来るとは、という驚きはありました。それと、撮影所には本物の職人さんたちが集まっています。その空気をたくさん吸ってもらいたいとは思っていました。

「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」Ⓒ日本映画放送

――染五郎さんは、お父さまの鬼平を見て、どんなことを感じられましたか。

染五郎 父と共演するシーンはありませんでしたが、同じ日に撮影があったりして、父が長谷川平蔵の格好でいると、なにか銕三郎の未来を間近で見ているような不思議な感覚がありました。

――お父さまの演じる長谷川平蔵で印象に残っているシーンはありますか。

染五郎 「火付盗賊改メ、長谷川平蔵」と名乗るシーンがあり、それを見たときに曾祖父の鬼平、大叔父の鬼平でもなく、「父の鬼平だ」と思って、ぞわっとしました。偉そうに聞こえるかもしれませんが、個人的にイメージしていた鬼平像に父がなっていると感じました。

――それは面白いですね。先ほど、殺陣についてはその鬼平から合格点が出ていましたよ(笑)。

染五郎 父の殺陣の稽古も見させていただきましたが、歌舞伎とはスピード感がまったく違います。ただ、自分が小さいころに父が「劇団☆新感線」の作品に出演し、舞台で殺陣をやっているのを見て「カッコいいな」と思ったことがありました。その記憶があるので、スピード感のある父の殺陣を見られたのはすごくうれしかったですし、自分としても目指していきたいと思いました。

――染五郎さんが10代の銕三郎を演じ、50歳になられた幸四郎さんが長谷川平蔵を演じる。歌舞伎では役柄に対する「ニン」という言葉がありますが、鬼平という役には、年齢からにじみ出る雰囲気というか、歌舞伎のようなニンが必要なんじゃないかと今回感じました。

幸四郎 長谷川平蔵という人は、銕三郎時代はやんちゃだったけれど、火付盗賊改方の長官にまでなる。ただし、人の上に立って物事を悟ったとか、落ち着いてしまったというわけではない。常に前へ、前へと進んでいる人だと感じます。扇の要のような、中心にいるべき人。長谷川平蔵という人自体が主役になるニンなのでしょうね。

――幸四郎さんは、10年前に40歳でも鬼平に挑戦できましたか?

幸四郎 ああ、それは出来ないですね。無理だったでしょう。だから「いま」なんだと思います。

――染五郎さんは、先行するモデルがいないので、銕三郎を自由に造形出来たんじゃないですか。

染五郎 これまで銕三郎にフォーカスした作品がなかったとはいえ、池波先生の作品には書き込まれていますし、そこはしっかりと押さえなければいけないと思っていました。実は、撮影に入ってから、いちばん参考にしたのは吉右衛門のおじさまの銕三郎でした。

――たしか、吉右衛門さんが少しだけですが、銕三郎を演じている回がありましたね。

染五郎 おじさまの「本所・桜屋敷」と「血闘」を拝見したところ、実際に銕三郎を演じてらっしゃって、本当に少しのシーンでしたが、銕三郎時代と平蔵との話し方の違い、あるいは人間性といったところを一滴もこぼすことなく全部吸収したいという思いでした。「おじさまの銕三郎を、なんとか自分に染み込ませてから演じたい」と考えていたので、毎回、撮影に臨む前にそのシーンだけを見てから現場に入るようにしていました。

――それは興味深いアプローチです。

染五郎 今回、作品に参加させていただいて、平蔵というよりも銕三郎に対して愛着が湧いてきたので、機会があれば演じていきたい役になりました。

――もう少し全体を眺めてみると、「鬼平犯科帳」は、長谷川平蔵と火付盗賊改方の面々とのチームワーク、そして奥方である久栄(ひさえ)との関係性も魅力のひとつです。今回の作品でも、鬼平が最初に登場するのは同心たちが剣術の稽古に励んでいるところに乗り込んでくるという設定で、とても重要なシーンでした。あの稽古は最初に撮影されたんですか?

幸四郎 違いますね。最初の撮影は相模の彦十役の火野正平さんとのシーンでした。いきなり火野さんと、ですよ(笑)。脱線してしまいましたが、火付盗賊改方の稽古のシーンは、凄まじい稽古でなければという思いがありました。なにせ、凶悪な盗賊に相対する役目の人たちですから。激しい稽古をしているところに飛び込み、挨拶代わりに稽古の相手をする。それが最初の挨拶というのが、いかにも平蔵らしいと感じましたし、あのシーンが新しい長谷川平蔵の始まりというのはとても象徴的でした。

――久栄役の仙道敦子(せんどうのぶこ)さんとの場面は、ほかのシーンとは雰囲気が違いましたね。

幸四郎 私は十代のころに仙道さんのファンクラブに入っていたんです(笑)。自分の過去をやっと言える時が来た、という感じです。「鬼平犯科帳」では、平蔵が家にいる場面というのは、いちばんニュートラルでいられる場所であり、大切な時間だと思います。実際に、仙道さんと演じてみると、時間のテンポがゆったりした感じが出せたのではないかと思います。

――年月が進むにつれて、長谷川家に深みが出てきそうですね。さて、ご自分が主演された「本所・桜屋敷」をご覧になって、どんな感想を持たれましたか。

幸四郎 現場にいた思い、そして鬼平への思いがあるなかで見まして――感動しました。すごく良い時代劇です(笑)。良い作品にしていただいた、その作品に自分が出演することが出来たという喜びもありました。最後の最後も……良いですよね(笑)。

――作品になって、改めて発見のようなものはありましたか。

幸四郎 火野さんの彦十と初めて出会う場面で、平蔵が彦十の頭を叩くんです。台本にはそうした指定はありませんし、監督にも伝えずにいきなりやったので、ある意味、私にとっては冒険でした。そのシーンを撮り終えたあと、火野さんに「余計なことをしてすみませんでした」と頭を下げたんですが、「大丈夫、これが売りだから」と火野さんが言ってくださったことを思い出しました。

「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」Ⓒ日本映画放送

――染五郎さんはいかがでしたか。

染五郎 一視聴者として本当に面白かったです。池波先生の作品の特徴は人物描写のきめ細かさにあって、吉右衛門のおじさまのシリーズで映像化された時も、キャラクター一人ひとりが粒だっているのが魅力だったと思います。今回も個性の違いが際立っていました。それと照明が素晴らしいです。

――それは現場で感じられたんですか。

染五郎 個人的に舞台でも映像でも照明を見るのがすごく好きで、この角度から光を合わせるとこう映るのかということに興味があります。「あのシーンはこういう風に映っているんだな」といった発見がありました。今回の「鬼平犯科帳」は照明が素晴らしくて、見ているだけなのに、映像空間と同じ空間にいるような気持ちになれましたね。

――今後、来年5月には劇場版「鬼平犯科帳 血闘」が公開予定で、5月以降にも「鬼平犯科帳 でくの十蔵」、「鬼平犯科帳 血頭の丹兵衛」の2作品が時代劇専門チャンネルで放送、さらにLeminoでも配信される予定です。鬼平のファンとしては息の長いシリーズになることを望むばかりですが、幸四郎さんとしては将来に向けてどんなイメージを持っていますか。

幸四郎 先のことは考えておりません。池波先生は素晴らしい作品を残されているので、この話を映像化したいという思いはもちろんありますが、将来のことは考えず、一つひとつの作品に集中して撮ったという感じです。とにかく、今回の作品をひとりでもたくさんの方に見ていただく。そこに懸けるしかないと思います。

写真◎石川啓次


テレビスペシャル「鬼平犯科帳 本所・桜屋敷」
2024年1月8日(月・祝)午後1時/午後7時 ※一日2回放送
時代劇専門チャンネルにて独占初放送!

【公式HPはこちら】
https://www.jidaigeki.com/onihei/

原作:池波正太郎
『鬼平犯科帳』(文春文庫刊)
監督:山下智彦
出演:松本幸四郎 市川染五郎
   山口馬木也 原沙知絵
   松平健


 (オール讀物2024年新年号より転載)

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