- 2012.02.22
- 書評
亡き友・辺見じゅんと語り尽くした
御歌の思い出
文:保阪 正康 (ノンフィクション作家)
『よみがえる昭和天皇 御製で読み解く87年』 (辺見じゅん・保阪正康 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
しばしば話題が脱線して、司会の編集部のSさんが「話を戻しまして……」と、また御製の分析に戻ったりもした。こういう中で、私は辺見さんが昭和天皇の御製には、その心中にある不満や怒りなどを詠んだとされる表現があると指摘してくれたことが印象に残っている。
そのような和歌を詠んだ年にはどんな不快なことがあったのだろうか、と年譜をめくりながら私たちは議論を続けた。私の率直な印象をいえば、昭和天皇は御製を通じて国民に多くのメッセージを伝えようとしたのではないかと思われる。
一説では昭和天皇がその生涯で詠んだ和歌はおよそ10000首といわれるのだが、そのうち公表されているのはわずか900首ほどだという。その公表された和歌の中にも、この歌は何を詠んでおられるのだろうと考えざるを得ない歌もある。いわば謎解きである。ということは未だ公表されていない9000首余の中には、天皇の心情を分析するのが難しい御製もあるということだろう。もし宮内庁が残りの御製も順次公開していくのであれば、そうした歌をも含めて、歴史上の天皇の気持を理解するのは容易になるように思う。
辺見さんも、もっと多く公表されていると陛下の本意はわかっていくと思うのですが、と賛意を示してくれたのが、私には嬉しかった。
この対談集について、辺見さんは「とにかく早く刊行しましょう、年内には刊行すべし」と意欲を示していた。「私も他の仕事を遅らせるから、保阪さんも遅らせなさい」と急がせた。ユニークな書になるとの判断があったのかもしれない。
その辺見さんが昨年9月21日に急死した。辺見さんの経営する出版社(幻戯書房)の社員から連絡を受けたとき、私はまったく信じられなくて、言葉が出てこなかった。確かに心臓が悪いと薬を常用していたが、これほど早くに逝くとはどういうことかというのが私の実感だ。
辺見さんは、昭和天皇が最後に詠んだ和歌をなんども口ずさんだ。
〈あかげらの叩く音するあさまだき
音たえてさびしうつりしならむ〉
1人の人間の死に至る歌として、これ以上の歌はないと絶賛していた。
辺見さんとのやりとりを思うと、辺見さんは実はこの書の中で自らの運命を語っていたのかもしれない、との感もする。私はもういちど辺見さんの言を確かめつつ哀悼の意を表したいのである。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。