『イチロー・インタヴューズ』(石田雄太)

※書籍刊行時の記事(2010/04/20公開)です。

イチローには、専属通訳がいる。

  メジャー十年目にもなって、まだ通訳が必要なのかと思われるかもしれない。しかし、取材の場に限れば、イチローは英語を話す記者からの問いかけには、必ず日本語で答える。そして、通訳がその言葉を英語に翻訳する。

  ただし、記者からの英語による質問が常に日本語に訳されているわけではない。イチローは英語による質問を、かなりの割合できちんと聞き取っている。チームメイトとのコミュニケーションにも不自由しているようには見えないし、街に出れば流暢(りゅうちょう)な発音で欲しいものを注文し、店員とは英語で冗談を交わして笑っている。

  つまり、アメリカでのイチローは英語で困っているようには見えない。

  では、なぜ通訳が必要なのか。

  それは、イチローの言葉に対する感覚があまりにも鋭敏だからだ。

  たとえば、こんな具合だ。ある日の試合後、イチローとのやりとりの一端である。

「今日はいいヒットが出たね」

「出たんじゃなくて、出したんです」

  ヒットはたまたま出たものではない。イチローが狙って出したものだというのだ。もっともである。ならばと、次はこんなふうに話しかけてみる。 

「今日はいい雰囲気を出してるね」

「雰囲気というのは出すものじゃなくて、出るものです」

  雰囲気は意図して出そうとすれば曇るもので、自然に出るからこそ、いい雰囲気が漂うはずだと、彼はそう言うのである。