書評

エンタメを通じて「正義とは何か」を問う作家真山仁の傑作

文: 関口 苑生 (文芸評論家)

『売国』 (真山仁 著)

 この一見何の接点もなさそうなふたりの行動と日々の生活が、一体どこでどんなふうに絡み合ってくるのか。いや、さすがにこれは驚くぞ。というのも――このふたりはついに一度も出会うことなく、話し合う場面もないまま、それぞれに独立して物語が進行していき、それが次第にひとつの形を成していくのである。実に大胆で思い切った構成だが、これから一体何が始まるのか、どこへ連れていかれるのか、まったく予想もつかない面白さが待ち構えているのも確かだ。

 特捜部に異動した冨永に与えられた最初の仕事は、群馬県の土建会社による脱税事件の応援だった。このとき会長宅から裏金献金リストと見られる手帳が発見されるが、そこに書かれていたのは、暗号めいた地名と数字の並びで、その意味はいまだ解明されていなかった。しかし、背後には大物政治家の影がちらついており、特捜部としては何としてもものにしたい案件であった。

 そんなおり、冨永の親友で小学生の頃からの付き合いである、近藤左門が失踪するという事件が起きる。左門は、文科省で宇宙開発やJASDAの長期計画を策定する宇宙委員会の事務方を務めていた。その彼がどうして失踪などしたのか。冨永は特捜部の仕事のかたわら、左門の行方を探し始めるのだった。すると、そこにも大物政治家の影が……。

 一方、八反田遙は宇宙航空研究センターの指導教官・寺島光太郎教授に導かれ、日本の宇宙開発の現状と問題点を目の当たりにする。それは、宇宙開発の現場が生き馬の目を抜く世界であり、同盟国アメリカとの関係の複雑さに触れることでもあった。

 戦後、日本は航空禁止令によって航空機の製造はおろか、研究開発すらできなかった。そのため日本の飛行機開発は遅れに遅れ、世界に太刀打ちできない状況にまで陥ってしまったのだった。ところが、そこで飛行機が駄目ならロケットをやろうと言い出した科学者がいたのである。アメリカに追いつき追い越せなんて発想はもうやめよう。アメリカがやらないことをやって、自分たちが一歩先をいくべきだと力強く宣言したのだ。

 科学者の名は糸川英夫。日本のロケット開発の父である。

 糸川博士が取り組んだのは、固体燃料ロケットの開発だった。ロケットには大まかに言って二種に分類される。ひとつはアポロ型の液体燃料ロケット(HIIAロケットがこれ)で、もうひとつが「はやぶさ」型の固体燃料ロケットである。日本では糸川博士の尽力もあって、この型のロケット開発が独自の発展を遂げていく。その技術力は凄まじく、アメリカが誇るNASAですら真似できないものが沢山あるのだという。何しろ、日本で発射したロケットがブラジルのアマゾンにいる蝶々のど真ん中を撃ち抜くと言われるほどなのだ。しかも、この日本のロケット作りは独特で、肝心なところは口伝に頼り、図面通りには作っていないのだとも。最終的には設計図を見ずに手でいじり、微調整をするため、記録にも残らない。まともな感覚では本当にそんなことがあるのかと思うのだが、おそらく本当のことなのだろう。だとしたら、まさにこれぞ究極にして至高の職人技だと言うよりない。

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売国真山仁

定価:本体720円+税発売日:2016年09月02日


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