インタビューほか

我われにあの記憶を喚起する祝日

「本の話」編集部 (作家)

『ジミーの誕生日』 (猪瀬直樹 著)

  昭和二十年八月三十日の厚木進駐からはじまって、翌年四月五日の天皇不起訴の決定までポツダム宣言にもとづく占領政策の要諦はすべて解決していたのです。

  しかし依然として昭和天皇の戦争責任は残されていました。だから東京裁判は四月二十九日の昭和天皇誕生日に、二十八人の起訴を決めたのです。占領目的のために昭和天皇を裁くことはしないが、戦争責任はありますよ、という暗号でもあったと思います。その後、昭和天皇の退位が言及されても新憲法に象徴として規定され、新皇室典範には退位の規定を設けてありません。いずれアメリカは占領を終えて去っていく。しかし東條らA級戦犯七人の処刑を皇太子明仁の誕生日、十二月二十三日に敢(あ)えてしたのは……。ぜひ本書をお読みいただきたい。

──いまは流行の発信地である西麻布や青山界隈(かいわい)が、戦時中は空襲で焼け野原となり、芸術家の岡本太郎は戦前のほぼすべての作品を喪(うしな)った。作品に登場する子爵夫人の一家も、軽井沢に疎開した。ほんの六十年前の出来事なのに若い世代にはなかなか想像もつかないことです。祖母の日記帳を抱えて思い悩む女性は、現代に生きる私たちの姿そのものであるように感じました。

猪瀬  僕の仕事場がある西麻布一帯も空襲で焼け野原になりました。骨董通りから路地をひとつはいったところに岡本太郎記念館があります。岡本太郎が住んでいた家が小さな美術館になっているのですが、戦前にパリで作成した若き日の作品は灰燼(かいじん)に帰しています。自身の二十代の作品がひとつも残っていないのです。しかも三十歳を過ぎて赤紙で召集され、中国大陸の戦線に送り込まれました。そこで初年兵というだけで自分より十歳も年下の兵隊に殴られ蹴られ、それでも歯を食いしばって、復員したらパリで描いた青春の記念碑であるすべての作品が燃え尽きていたのです。芸術は爆発だ、と叫んだのはその無念から来ているのではないでしょうか。

 ひとは歴史を背負って生きているのです。マッカーサーや昭和天皇は歴史上の人物ですが、そのなかでケーディス大佐や子爵夫人やさまざまなひとが出会い別れ、我われに記憶を喚起する装置を遺していきました。南青山や西麻布界隈を散歩しながら僕はそういう物語のうえに人生を刻んでいるのだなといつも思っているのです。

ジミーの誕生日
猪瀬 直樹・著

定価:1500円(税込) 発売日:2009年11月26日

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