浮かびあがる美しい“鎖”
誤解を恐れずに書けば、ミステリというジャンルに慣れた読者なら、なんとなく「あのパターンかな」と見当をつけるだろう。そして物語は、おおむねその通りに進んでいく。
しかしそれは瑕疵ではない。むしろ作者は、本書の構造を読者が想像できるようなヒントを少しずつ各所に撒いているのだ。何かある、と読者に思わせながら、けれど正確な構図を完全に予測するには至らない。わかりそうでわからない、というミステリ読みにとって極上のジレンマを演出している。
だからこそ、すべてがつながったときのカタルシスは大きい。ジグソーパズルは七割がた完成しているのに何の絵だかわからないという状況で、残り3割がはまった瞬間初めてそこに描かれた絵が浮かび上がるのである。しかもその絵は想像を超えて美しい。
その美しさを生み出すのが、3人の女性それぞれの物語が持つドラマ性である。母ゆかりの人物を捜す梨花、夫を心配する美雪、恨みと情の板挟みになる紗月。彼女たちは性格も違うし向き合う問題も違う。けれど彼女たちの問題がつながったとき、そこには〈自分以外の誰かを思う〉という気持ちの連鎖がはっきりと見える。
一見関係ないように見えることであっても、そこには何らかの因果がありつながりがある。遠く離れた場所で誰かが誰かのことを思った、それが巡り巡って他の誰かを助ける。そういうことがあるのだと、そしてその思いは時間が経っても人が亡くなっても消えることはないのだと、心にしみ込んでくる。
つながる思い、つながる命。
震災のあとで本書を読んで、私が救われたと思ったのは、たとえ命を途中で断ち切られることがあっても、その人の生きた軌跡や思いは、きっと誰かの中に残り、また他の誰かへ受け継がれていくのだと確信できたからだ。
鎖はともすれば人を縛る。けれど縛るためではなくつながるために使うなら、これほど強いものはない。
出来上がったパズルの絵が美しいのは、込められた思いの美しさ故だ。湊かなえの描く美しい鎖を、どうかゆっくり味わっていただきたい。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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