- 2015.06.22
- 書評
史上最年少松本賞受賞作に続く第二弾
話題の八咫烏シリーズに乗り遅れるな!
文:大矢 博子 (書評家)
『烏は主を選ばない』 (阿部智里 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
しかしその時点では、作品はまだ一作のみ。このレベルを維持できるのか。書き続けていけるのか。その判断はできなかった。
しかも『烏に単は似合わない』を読んだとき、私にはひとつだけ、不満があったのである。それは「若宮、何してんだ?」ということだ。自分のお后選びなのに、まったく姿を見せないんだから。
姫君たちが暮らしていた御殿ではさまざまな事件が起きたが、そんなもん、はっきり言って若宮の態度ひとつで防げた悲劇ではないか。だいたい、三角関係にしろ嫁姑問題にしろ、ひとりの男をめぐる女の闘いなど、その男さえしっかりしていれば大抵の問題は解決するのだ。それがまったく姿を見せず、最後の最後に出てきて美味しいところだけかっさらうってアンタ、どうなのよ、それ。
レベルを維持して書き続けられるかという不安。第一作に対する、若宮の描写欠如という不満。
この不安と不満を『烏は主を選ばない』は一瞬にして跡形もなく吹き飛ばしたのである。驚いた。唸った。
まず、第一作に若宮がほとんど出てこないことの不満については、ええ、そりゃもう、本書を読んで納得しましたとも。
若宮、こんなことになってたのか! そりゃ来られんわ。来てる場合じゃないわ!
本書は「女たちがお后選びで火花を散らしていたその時、若宮は何をしていたか」の物語だったのである。つまり、『烏に単は似合わない』と『烏は主を選ばない』は同じ時間軸を別の視点から描いた、対になる話なのだ。『烏に単は似合わない』に若宮からの使いが登場したが、同じ場面が今度はその当人の視点で綴られるのである。あったあった、この場面、と思わず前のめりになった。
こう来たか。もう、読みながら声に出して言ったね。こう来たか! 阿部智里、おまえ、こう来たか!
阿部智里はインタビューで「まだ清張賞に応募する前の段階では、ふたつの作品を組み合わせて同じ時間軸で、同じ事件を男性と女性の視点から、交互か、あるいは前と後ろでたおやめの章、ますらおの章と分けて書くつもりでした」と語っている。
そもそもが、ひとつの物語だったのである。しかし彼女はそれを分けた。大正解だ。何より、テーマが違う。
ここでやっと本書のあらすじが紹介できる。われながら前振りが長くて申し訳ない。
本書は北の領地、垂氷の郷長の次男、雪哉が主人公だ。まだ元服前の少年である。学問は弟に追い抜かれるし、剣の腕は一瞬で降参するしのぼんくら次男として有名で、周囲は雪哉の先行きを危ぶんでいた。「武家の子というに、情けないのう。お主には、野心というものはないのか」と問われ「塵ほどもありませんね」と即答してしまうような少年なのである。ところがひょんなことから、このぼんくら雪哉が、中央で若宮さまの側仕えになることに。
一般の少年なら大出世であるその役目も、雪哉は嫌で嫌で仕方ない。ところが出仕してびっくり。若宮は噂以上の奇矯な人物だったのだ。自分勝手だししきたりは破るし、花街や賭場へも出入りしているらしい。この若宮、うつけと評判なのである。
と、この紹介を読んだだけでも勘のいい人は気付くだろうし、本編を読み始めればすぐにわかることなので書いてしまおう。
古来、物語において、織田信長の例を引くまでもなく、うつけと呼ばれる人物が本当にうつけだった例しはない。中村主水の話を出すまでもなく、ぼんくらと評される人物が芯からぼんくらだったなんてこともない。
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。