- 2015.06.22
- 書評
史上最年少松本賞受賞作に続く第二弾
話題の八咫烏シリーズに乗り遅れるな!
文:大矢 博子 (書評家)
『烏は主を選ばない』 (阿部智里 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
小野不由美の「十二国記」を読んだとき。上橋菜穂子「獣の奏者」を読んだとき。菅野雪虫の「ソニン」を読んだとき。
どのときも、慌てて他の巻を買いに走ったのを覚えている。世評の高さは重々知っていながら、ファンタジーは苦手だからと手を出さずにいたことを激しく後悔した。こんな名作に乗り遅れてたなんて!
そんな私が、リアルタイムで読めていることが嬉しくてしかたないシリーズがある。この八咫烏シリーズだ。
乗り遅れた後悔があるからこそ、声を大にして言いたい。というか太字で書きたい。
前述の名作群が好きな人はもちろん、時代小説が好きな人、ファンタジーが好きな人、人間ドラマが好きな人、どんでん返しのあるミステリが好きな人、ライトノベルが好きな人――そして「物語」を愛するすべての人に。
乗り遅れるな。このシリーズは本物だ。――おそらく。
そこまで煽っておいて「おそらく」って! とお思いだろうが、それこそが実はポイントなのである。が、その話は後半にとっておいて、まずは本シリーズのアウトラインからご紹介しよう。
舞台は山神さまによって開かれたと伝えられる世界「山内」だ。山内を統べるのは宗家、その長は金烏と呼ばれる。その下で東西南北四家の有力貴族がそれぞれの領地を治めている。
この世界に住むのは八咫烏たち。通常は人の姿で暮らすが、卵で生まれ烏の姿に転身して空を飛ぶこともできる。つまり、本シリーズの登場人物(烏物?)は、人の形をとってはいるが八咫烏なのだ。
それだけみればこてこてのファンタジーだが、舞台設定は日本の中世に近い。朝廷があり、貴族や豪族の身分制度があり、女性は政治の道具に使われる。服装は私たちが知っている日本の着物とほぼ同じ形式のようだし、移動は徒歩か、でなければ馬(という名前の烏)。四季の存在や月日の概念も、桜などの植生も共通だ。武器は刀か弓矢。さらに言えば、どうも我々と同じ文字を使っているらしいし(第一作に「あせびは馬が酔う木と書く」というくだりがある)、ちょっと先走るが第三作を読めば長さの単位は尺、時間の単位は刻が使われていることがわかる。
烏に変身できる、ということ以外は、まるで平安王朝サスペンスを読んでいる気分で、すんなり物語に入れるのが、広く受け入れられた理由のひとつだろう(今、さらりと書いているが、この設定は実は第三作以降で意味が出てくることなんじゃないかなーという気がするので、覚えておいてくださいね)。
さて、本書『烏は主を選ばない』は、『烏に単は似合わない』に続く山内を舞台にしたシリーズ第二作である。
前作は、次の金烏となる若宮のお后候補の姫たちが、東西南北の四家から登殿するという物語だった。華やかな女のバトル。后決めは姫たちによる代理政争であり、恋愛小説であり成長小説であり、そして何より、あっと驚くミステリでもあった。
阿部智里はこの『烏に単は似合わない』で第十九回松本清張賞を受賞、二十歳の現役女子大生作家として文壇に元気よく(本当に元気よく!)飛び込んできた。
読み始めてすぐに時間を忘れ、没頭したことを覚えている。すごいのが出てきたぞ、とわくわくした。「今度は乗り遅れずに済んだぞ」と思ったのはこの時だ。
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