
阿部智里のデビュー作『烏に単は似合わない』を読んだとき、その筆力と構成に驚き感心しながらも、ひとつだけ気になることがあった。それは「姫君たちのところにぜんぜん顔を出さなかった若宮は、いったいその間、何をしてたの?」である。
『烏に単は似合わない』は八咫烏の化身たちが暮らす土地で、そこを統べる若宮の妻の座を巡り4人の姫たちが鎬(しのぎ)を削る物語だ。実にエキサイティングだったが、姫たちのあれこれの間、肝心の若宮がまったく姿を現さないのである。その割に姫たちの内情に詳しかった。これが不思議だったのだ。
だから『烏は主を選ばない』を読んだときには、思わず「こう来たか!」と叫んでしまった。なぜなら本書はまさに「その間、若宮は何をやっていたか」の話だったのだから。
デビュー作の続編、ではない。スピンオフとも違う。『烏に単は似合わない』と『烏は主を選ばない』は、同じ時期の出来事を異なる視点で描いた一対の物語なのである。ジャンルはまったく異なるが、氷室冴子の『多恵子ガール』『なぎさボーイ』(ともに集英社eコバルト文庫)を想像していただければいい。どちらから読まれてもかまわないが、2冊そろってようやく全貌が見える仕掛けになっている。
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