「この作家の本だから読みたい」と思ってもらえるように
私としては、武将買いではなく作家買いをしていただきたい。つまり、「題材は何でも、この作家の本だから読みたい」と思ってもらえるようになりたいですね。そのためには、ワンパターンになってはいけないと肝に銘じています。今回の『黒南風の海』では、マニアックに歴史を語る、情報性を重視した作家として読まれがちだと感じたので、ストーリーテラーであることを証明したかった。思い切って物語性を強く打ち出し、目指したのは冒険小説と歴史小説の融合です。
過去の作品も、『戦国鎌倉悲譚 剋』では、内面的葛藤を濃密に描写し、古典的純文学と歴史小説の融合を試みましたし、『戦国無常 首獲り』では倒叙法ミステリーと人間ドラマの融合を、『戦国鬼譚 惨』では、歴史ミステリーと人間ドラマの融合を目指しました。最新刊『城を噛ませた男』は、城と人間をテーマにした連作短篇集ですが、内容はバラエティに富ませ、雰囲気も文章表現も飽きさせないように、一篇ごとに意識して変えています。私の場合、どの作品でも執筆前に、こうした方針を打ち立てることが多いですね。
――長くビジネスの世界にいらっしゃったご経験が、そこで生きてくるのでしょうか。
伊東 どうでしょうか(笑)。実は、今年7月に登記していた会社を閉じ、専業作家になりました。厳しい世界だと分かっていますが、これからは、もう不退転の覚悟で書いていくしかありません。
歴史という題材は実に面白い。そこから何かを学ぶことも大切ですが、様々な場面における人間の悲喜劇の魅力は尽きません。この世界を、より多くの方々に知っていただき、司馬さんや吉村さんから渡されたバトンを次の世代に渡していく、これが私に課せられた使命だと信じています。
しかし、いまは右肩上がりの高度経済成長の時代ではありません。司馬さんが書かれた戦国時代、あるいは幕末動乱期の青春群像は、1960年代という時代に合ったものだったと思いますが、現代の日本は、経済情勢も国民の心も、その頃と一変しています。われわれ日本人も、口当たりのいい話ばかりではなく、滅亡や終焉といったものと正対する時代に来ているのだと思います。だからこそ、私はライフワークとして滅亡や終焉を描いていきます。そこにあるものは、すべて暗く後味の悪いものばかりではない。滅亡や終焉の中にこそ生まれる愛、勇気、友情なども確かにあるはずです。
『黒南風の海』もこうしたテーマを描いたものであり、多くの皆さんに読んでいただけたらと思っています。
(オール讀物2011年12月号にて、伊東潤さんの受賞第一作「王になろうとした男」がお読みになれます)
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