書評

姉妹というのは特別なもの――鮮烈で率直な長谷川町子と、その家族の物語

文: 江國 香織 (作家)

『サザエさんの東京物語』 (長谷川洋子 著)

 妹という、いちばん近くにいた人の目を通して描かれる彼女の言動、性格、暮しぶりが、まず本書の読みどころの一つなのだが、それ以上に興味深く読みごたえのあるのが、母親と三姉妹という、女ばかり(すこしだけ登場されるお父様は、早くに亡くなっている)の長谷川家の、闊達(かったつ)かつ繊細なありようだ。女性四人の、それぞれにあまりにも強烈な個性――とくに、三姉妹の母親のたくましさには目を瞠(みは)る。一家全員をクリスチャンにしたのも、町子を田河水泡の元に弟子入りさせたのも、「サザエさん」の出版を思い立ったのも、実際に姉妹社を立ち上げたのもこの人なのだ。女性がいまほど社会的に自由ではなかったその時代に、一体どれほどのエネルギーの持ち主だったのだろう――と、まるで小説みたいな“やりとり”。この本を読むとはっきりわかるのだが、やりとりというのは得も言われないものだ。やりとりにこそ、互いの、そしてやがて過ぎ去ってしまう時間の、かけがえのなさと醍醐味と物語性がある。それは、人生に対する一人一人の仕種だ。その仕種を、著者は的確に拾い取っている。

 また、ここには一家の暮しぶりと共に、時代の空気がごく自然に、しっかり、写し取られている。その手ざわり、匂い、気配が。

 長谷川洋子さんの文章は、すっきりしていて無駄がなく、それなのにふくよかな可笑しみをたたえている。抑制がきいていて、甘えたところがなく、穏やかで、どこかなつかしい。衝撃的な出来事や悲しい出来事に言及するときにも、その姿勢と筆はぶれない。ご自身の、ごく身近なことを書いておられるのに、親密さと同時に冷静な距離感を失わない。

 姉妹というのは特別なものだ。家族も。閉じられたその特別が、特別なまま、本のなかで開かれている。小さな、確かなエピソードの集積、緊密につながり合った賑やかな女たち、時代、そして犬たち、猫たち。

 昭和はすでに遠くなったし、この本の登場人物のほとんどがもうこの世にいない。でも本のなかにはあるし、いるということ。そのひそやかな確かさに私は励まされる。頁を繰ればいつでも彼女たちに会えるのだ。この家族の、やりとりの妙味に身を任せられる。ちょうど、「サザエさん」の漫画をひらけばそこに一つの時代があって、磯野家(およびフグ田家)の人々が、活気に満ちて生息し続けているように。

サザエさんの東京物語
長谷川洋子・著

定価:本体590円+税 発売日:2015年03月10日

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