この事件と出会って、週刊文春誌上でレポートすることが決まった段階で、私は編集者に「いずれ1冊の単行本として発表したい」ということを告げていた。週刊誌での連載経験が少なかったからどういう状況になるのかわからなかったということもあるが、事件の深層にある幾多の人間ドラマを考えたとき、纏まったノンフィクション作品にしなければ自分の役割は済まないだろうと直感していたからだ。
この事件報道が過熱した2月から4月にかけて、あまりに大量の情報が多くの媒体から流されたがゆえに、世間では真実がぼやけてしまった感があった。
佐村河内に18年間も使われていた新垣には、何らかの弱みがあったのではないか。
新垣が真実を暴露した裏には、金銭的なトラブルがあったのではないか。
佐村河内には、少女を好む性的嗜好があったのではないか、等々。
いかにもワイドショー的な推測が、ネットを中心に駆けめぐった。もちろんそれらは、次のヒールである小保方晴子やASKAの登場によって跡形もなく消えていく、一過性の興味本位のものではあったのだが―――。
そういう状況にあって私に課せられたのは、この事件を引き起こした人間の底知れぬ欲望や、「売れるが勝ち」という市場原理に操られた我々の社会の脆さを描くことにあり、メディアに祭り上げられ傲慢になっていた佐村河内の指示に反旗を翻し、「大人は嘘つきだ」とその本質の空虚さを指摘した1人の少女の姿をあますところなく記すことだった。
週刊文春での連載が終わってからも、私は残った謎を炙り出すために取材を続けた。幸いにして、最盛期には7名もの記者が各地を走り回って取材を重ねてくれたお蔭で、膨大なデータも手元に残った。
なによりも今回の作品で大きかったのは、もう15年も前、「今日から全聾になりました」と新垣に告げた佐村河内が、「これからはこのメールでやりとりしましょう」と言いながら、携帯電話を新垣に手渡したことにある。
言うまでもなく佐村河内は、全聾という障害を纏うことによって物語に付加価値をつけ、そのイメージを肥大化させていった。けれど皮肉なことにそれは、楽曲制作をめぐる2人のやりとりのデータを克明に残すことでもあったのだ。
新垣は、佐村河内との関係は極秘だからと、この電話の存在は友人知人家族にも知らせていなかった。だからそこには、ただただ佐村河内からの指示のデータだけが残ることになった。15年ものながきに渡って。
それだけではない。週刊文春誌上で発表する前、私と佐村河内がやりとりした内容もデータで残っている。そこでも佐村河内は「のりおさん、私に死ねというのですね」と自死を仄めかしてきた。すかさず私は、「いえ、18年かけて嘘をついてきたのだから、18年かけて罪を償って復活しましょう」とメールした。結果的には、それも虚しいことになってしまったのだが―――。
人間の記憶は風化するし、時にはバイアスがかかる。だがデータは正直だ。大久保家とのやりとりも含めて、18年間に渡って築き上げられた虚構の裏側のデータを全て入手したことで、作品としての厚みに繋がったことは間違いない。
さらに、この作品の最後の句読点を打ったあと、私は次の試みに着手している。
1つは、「新垣隆と楽しい仲間たち」というタイトルで、来年から春と秋の2回、全国を廻って室内楽コンサートを行う企画だ。ここでは必ず1曲以上、新垣の新曲が発表される。現存する作曲家が紡いだ新曲演奏を目撃するという、クラシックの新しい楽しみを多くの人に味わってほしい。
そしてもう1つ、今回浮かび上がった「ゴーストライティング」という問題に関する今日的な私論を、多くの方への取材を通して発表したいとも思う。
1つの作品は、否応なく社会とのかかわりの中で生まれてくる。主体的にそれとかかわることで、また新しい豊穣な物語が生まれてくる。その連鎖をノンフィクションと呼ぶのだと、私は思っている。
ペテン師と天才
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