書評

被災地を生きる作家・熊谷達也の内なるドキュメントともいえる小説

文: 土方 正志 (編集者)

『調律師』 (熊谷達也 著)

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 熊谷さんには『調律師』と同時期に書き続けていた二作の小説がある。『光降る丘』(角川書店刊。『家の光』二〇〇九年五月号から二〇一二年四月号に連載)と『烈風のレクイエム』(新潮社刊。『小説新潮』二〇一一年九月号から二〇一二年一二月号に連載)だ。前者のテーマは、なんと「自然災害と人間」だった。二〇〇八年の岩手・宮城内陸地震で壊滅的被害を受けた宮城県栗原市耕英地区をモデルとした戦後開拓と被災壊滅、そこからの再生の物語だが、熊谷さんは眼前の東日本大震災の被災を見ながら、三年前の被災を描き続けたことになる。『烈風のレクイエム』は、北海道函館市を舞台に、一九三四年の函館大火、一九四五年の函館空襲、一九五四年の青函連絡船洞爺丸遭難事故を背景として、北の海に生きる男の半生を重厚に描く。これもまた、天災と人災におびやかされる人々の物語だった。

 東日本大震災を挟んで書き続けたこの三作の〈被災小説〉を序曲に、熊谷さんは〈仙河海〉シリーズに着手する。〈仙河海〉は宮城県の架空の海辺の港町だが、モデルは熊谷さんがかつて暮らした気仙沼である。第一作は一九九〇年代の仙河海の教師と教え子たちの物語『リアスの子』(光文社)。続いて仙河海を舞台とした恋愛小説『微睡みの海』(角川書店)、仙河海の高校生バンドの物語『ティーンズ・エッジ・ロックンロール』(実業之日本社)、仙台で被災した主人公が仙河海に帰郷する『潮の音、空の青、海の詩』(NHK出版)と、合わせて四作が刊行されているが、更に複数の作品がさまざまに文芸誌に連載中だ。

 戦前の仙河海の漁師の物語から、東日本大震災を挟んで未来の仙河海まで、架空の港町に宮城の海辺の物語が続く。津波と地震に触れたものもあれば、なにごともなかった平和なころの海辺の物語もあるが、やがてすべては「あの日」へと収斂する。更地と化した私たちのあの海辺に、どのような歴史があり、どのような人々のどのような日常があったのか。それぞれは独立した作品でありながら、まるで大河小説のように、熊谷さんは悠々と書き進める。シリーズの終わりは見えない。

 さきほど引用した二〇一一年八月のインタビューで、熊谷さんは語っていた。

「いつか僕は今回の震災を書くだろうな、と。簡単じゃない、いつになるかもわからない。具体的にどうしようかとか、そんな話でもない。だけど、そう、死ぬまでにはきっと書く。その確信だけはある。自分が体験したこの震災を小説として書けるようになるその日まで、とにかく書き続けようと思います」

 そのひとつの成果に、いま私たちは接している。

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調律師
熊谷達也・著

定価:本体630円+税 発売日:2015年12月04日

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