書評

被災地を生きる作家・熊谷達也の内なるドキュメントともいえる小説

文: 土方 正志 (編集者)

『調律師』 (熊谷達也 著)

     ――――――

 被災地に暮らす私たちは、あの二時四六分を境に、みな「自分はここでなにを為すべきなのか」を突きつけられた。家族を家を失って生き延びた人たちは、これからのために「なにを為すべきなのか」を、幸いに家族も家も無事だった人たちは地域のために「なにを為すべきなのか」を。ありとあらゆる職業人が、生活や日常の再建と格闘しながら自らの仕事を顧みて、いま「なにを為すべきなのか」を自らに問わざるを得なかった。

 飲食業者は食料を沿岸被災地に運び、葬祭業者は遺体の埋葬に奔走し、クリーニング業者は泥まみれになった衣服の再生にあたった。散髪業者は避難所や仮設住宅をまわり、建設業者は行政から依頼されるよりも早く手持ちの重機で瓦礫の撤去に取りかかった。ボランティアとして現地の手となり足となるのを「為すべきこと」とした人たちもいた。いまここで「なにを為すべきなのか」を胸に、みなさまざまに動いた。

 作家とて、私たち地域の出版社とて同じだった。ただ、あの惨状のなか、物語を紡ぎ、頁を編む私たちはあまりに無力だった。遺体捜索が瓦礫の撤去が果てもないかのように続いたこの地で、同じ地域に暮らす、それも友人知人や親族を含むあまたの被災者が避難生活を送るこの地で、小説や本になにが為せるのか。私たちの場合は、幸いにも立ち上がりは早かった。為すべきは「被災地からの発信」であると早々に観念できたからである。

 熊谷さんはどうだったか。作家が自らの体験を咀嚼して小説とするには、やはり時間が要った。その時間が『調律師』に凝縮されているように、私には思える。震災前に作家が思い描いた物語が、震災を経た作家の苦悩をよそになにごともなかったかのように続き、一見すれば唐突にも思われる転調を果たす。だが、これこそ、作家があのとき書かざるを得なかった転調だった。断裂であり、断絶だった。ある意味で、『調律師』は被災地を生きる作家・熊谷達也の、二年間にわたる内面のドキュメントとも読める。

 作品のまとまりとして見れば、転調は瑕疵にも見える。もちろん、そうではあるだろう。だが、この瑕疵こそが、作品に刻印された傷跡こそが『調律師』の「聖痕」となった。被災地の熊谷作品の読者は、この聖痕にこそ深く共感した。あの日々にあって、被災地に生まれ育った作家が、なにごともなかったかのようにきれいにまとまった作品を淡々と書いていたならば、被災地の読者の共感は得られなかったのではないだろうか。被災地の読者は、同じ地を生きる作家の〈再生〉へのメッセージを確かに受け止めた。

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調律師
熊谷達也・著

定価:本体630円+税 発売日:2015年12月04日

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