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わが師、益軒センセイの「養生訓」は、300年を経てもその先見性が光輝く。

わが師、益軒センセイの「養生訓」は、300年を経てもその先見性が光輝く。

文:東嶋 和子

『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』 (東嶋和子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

八十三歳、目と歯に病なし

『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』 (東嶋和子 著)

 貝原益軒(一六三〇~一七一四)が『養生訓』を著したのは一七一三年、数え年八十四歳のときである。以来三百年余。二〇〇五年十一月号から始まった月刊『文藝春秋』のコラム「新・養生訓」は、奇しくも、益軒没後三百年にあたる二〇一四年に百回を数えた。

 連載開始から十年を超えてなお続けられるのは、ひとえにわが師、益軒センセイの力量あってこそ。毎月、最新の医学・健康情報と師匠の教えとを引き比べるにつけ、三百年をへても光彩を放つ先見の明に驚かされる。心と体の指南書として、いまも役立つ情報にあふれているのだ。

 時は三代将軍家光の世。筑前国福岡藩、黒田家の祐筆役(文書係)である貝原家の五男として生を受けた益軒(篤信)は、生まれつき丈夫というわけではなかった。「自らわが身を弱くつかれやすい性質として養生に注意してきた」(井上忠著『貝原益軒』)果実が、八十五歳の長寿であり、『養生訓』であった。

「今八十三歳にいたりて、猶(なお)夜、細字をかきよみ、牙歯固くして一もおちず。目と歯に病なし」。鼻高々に自慢するのも、自らの学問と実践的科学と体験の集大成であるという自負があるからだろう。

 実は、益軒の著作の多くは晩年のもの。とりわけ、七十一歳で藩主の許しを得て退官してからは、『養生訓』をはじめ、『筑前国続風土記』『大和本草』『楽訓』『和俗童子訓』『慎思録』『大疑録』といった大著を二十冊以上、世に出した。

 なんという生涯現役ぶり!

「江戸前期を代表する儒学者・本草学者」。そうひと言でくくるには、益軒の学問領域はあまりに広い。哲学、本草学(薬学、博物学)、医学、歴史、地理、農学、文学に通じ、生涯に九十八部二百四十七巻の著作をものした。観察と経験を重んじる科学的態度をつらぬき、日本独自の知識体系にまとめあげたのである。

【次ページ】「日本人のがん予防」、益軒はお見通しだった

水も過ぎれば毒になる 新・養生訓
東嶋和子・著

定価:本体630円+税 発売日:2015年11月10日

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