
「日本人のがん予防」、益軒はお見通しだった
益軒センセイとの出会いは、十数年前にさかのぼる。
「日本人十万人を十年以上かけて調べた結果、わかったことはみな、『養生訓』に書いてあったとは……」
国立がん研究センターの垣添忠生名誉総長が、とほほ、というセリフをのみこんで天を仰いだ。国を挙げた疫学調査の報告を聞いたときのことである。
そんなバカな。現代科学の粋を集めた研究が三百年前に先取りされていたなんて。『養生訓』といえば「接して漏らさず」。男女の営みを説く「房中の術」くらいしか知らない。いったい何が書いてあるのか? 貝原益軒とは何者?
頭を疑問符だらけにして岩波文庫を開いた。ページを繰るごとに、疑問符は感嘆符へとかわっていった。
国立がん研究センターを中心とする厚生労働省研究班は一九九〇年以来、日本人の実情に合ったがん予防法をみいだそうと、全国の住民を対象に疫学研究を続けてきた。得られたデータから、科学的根拠にもとづくがん予防法を随時、発表している。最新の「日本人のためのがん予防法」は、次のとおり。
一、喫煙 たばこは吸わない。他人のたばこの煙をできるだけ避ける。
二、飲酒 飲むなら、節度のある飲酒を。
三、食事 偏らずバランスよく。塩蔵食品、食塩は最小限に。野菜・果物不足にならない。飲食物を熱い状態でとらない。
四、身体活動 日常生活を活動的に。
五、体形 中高年男性のBMI(Body Mass Index 肥満度)で二一~二七、中高年女性で二一~二五の範囲内になるよう体重を管理。
六、感染 肝炎ウイルス感染検査と適切な措置を。機会があればピロリ菌検査を。
これらを益軒は「すべてお見通し」だった。
たとえば、喫煙。「少(すこし)は益ありといへ共(ども)、損多し。病(やまい)をなす事あり。又火災のうれひあり。習へばくせになり、むさぼりて、後には止めがたし」とある。
飲酒はどうか。飲んべえの益軒らしく、「酒は天の美禄なり」とはいうものの、「各人によりてよき程の節あり。少(すこし)のめば益多く、多くのめば損多し」と釘を刺す。これはまさしく、飲酒の影響が個々に異なることや、飲酒量と死亡率の相関を示す「Jカーブ」を示唆している。
野菜不足には、「脾胃虚して生菜をいむ人は、乾菜(ほしな)を煮て食ふべし」とアドバイス。大根、ゴボウなどさまざまな乾菜のつくり方を懇切丁寧に指南する。
さらに益軒は、食後の散歩や家事労働を日々実践し、いつ、どのくらいの身体活動をすべきかを具体的に示した。「食後に毎度歩行する事、三百歩すべし。おりおり五六町歩行するは尤(もっとも)よし」とある。
最新の知見では、身体活動レベルが高いと、がんのみならず心疾患の死亡リスクも低くなることから、死亡全体のリスクが低くなるとわかっている。「流水はくさらず、戸枢(こすう)はくちざるが如し。是(これ)うごく者は長久なり」というわけだ。
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