書評

炭水化物は人類を滅ぼさない

文: 垂水 雄二 (科学ジャーナリスト)

『私たちは今でも進化しているのか?』 (マーリーン・ズック 著/渡会圭子 訳)

 近頃、糖質制限ダイエットというのが大流行のようで、それに関する書籍がベストセラーになっているそうだ。現代人のいわゆる生活習慣病、ことに糖尿病は栄養過多が大きな原因の一つだから、食餌制限が一定の効果を発揮するのはまちがいないだろう。しかし、この手の食餌制限やサプリメントによる健康法に共通して見られる欠点は、一つの栄養素や成分にすべての責任を押しつけてしまうことである。これさえ食べなければ、あるいはこれさえ摂取しておけばという論理は、一見説得力があり、暗示的効果もある。しかし、たいていまちがっている。ただまちがっているだけでなく、へたな健康法は時には命を脅かしかねない。

 どんな栄養素も絶対に必要とか絶対に不要とかいうことは簡単には言えない。人間の健康は、さまざまな成分が複雑かつ緻密に影響しあって維持されているものだから、体が不調だからといって、なにか一つを足したり減らしたりすれば解決するというような単純なものではない。少なければ命にかかわるものもあれば、少々足りなくても平気なものもある。有益なものでも多すぎれば有害になるし、微量ならば有益な作用をする毒物さえある。要は適切な量を摂取することである。炭水化物もまた人類を滅ぼすどころか、不可欠な栄養成分である。

 糖質制限ダイエットの源流は、アメリカで大流行しているパレオ・ダイエットと呼ばれるものである。旧石器時代(パレオリシック)の原始人と同じような生活をして健康になろうというのである。その前提になっているのは、原始人は穀物や糖分をとらず、肉を主食にしていたのに健康で幸せだったという思い込みだ。本書は、現代の最先端の科学的知識を総動員して、その思い込みを突き崩して、パレオ・ダイエットを批判する。

 原始人が植物の実や根を集め、獲物を狩って生活していたことはまちがいなく、人類の肉体と精神のあり方が、基本的にこのような狩猟採集生活によって形成されたと考えるのは自然だ。そこで、現代人の生活習慣が原始人の肉体や生理を無視することによって病気が生じる。ゆえに原始人の生活に戻れば健康を取り戻せるというのが、パレオ主義者の考えである。そして穀物や糖分の摂取が非難の対象になり、農耕が諸悪の根源とみなされる。しかし、この論理には二つの大きな誤りがあることを、本書は明らかにしている。

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私たちは今でも進化しているのか?
マーリーン・ズック・著/渡会圭子・訳

定価:本体1,800円+税 発売日:2015年01月26日

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