2004.03.20 書評

人生はやり直しがきかない、けれど……

文: 新元 良一 (文筆家)

『世界のすべての七月』 (ティム・オブライエン 著/村上春樹 訳)

 二〇〇〇年の春と夏、日米のふたりの作家と会った。

 四月にテキサスの自宅を訪ねたアメリカ人作家は、一九四六年生まれのベイビーブーマー世代に、七月に東京のオフィスで対面した日本人作家は、一九四九年生まれの団塊世代に属した。

 後者は村上春樹だった。学生運動が盛んだった頃に青春期を過ごした村上は、運動が沈静化、さらには挫折へと至り、人々を鼓舞するために叫ばれ続けた言葉の無力さを感じたと話した。

 そして、前者の作家、ティム・オブライエンも若かりし頃、六〇年代という大きく社会が変動する時代の中で、挫折を味わった点で共通する。出身地ミネソタ州のカレッジを卒業後徴兵され、翌年、つまり本書の時代背景となる一九六九年に、ヴェトナム戦争に従軍した。

 祖国を愛すればこそと、銃を取った異郷の地で彼が目の当たりにしたのは、明確な目的もなく、敵・味方ともに人の命があっさりと朽ち果てる現実であった。

「爆撃により、戦友の身体が藪の中に飛んで行った光景は、私の記憶でいまでも繰り返される」という本人の言葉、あるいは、自宅で見せてもらった当時着用した式典用の軍服は、ひとりの兵士としての戦争体験が、彼のその後の人生に大きな影を落とすトラウマの証である。

 けれど、オブライエンは想像を絶した苦難の日々を胸に秘めず、言葉の表現によってなぞろうと努めてきた。デビューを飾った自伝的作品『僕が戦場で死んだら』を皮切りに、全米図書賞を獲得した『カチアートを追跡して』、名作の誉れ高い『本当の戦争の話をしよう』など、代表作と言われるどれもがヴェトナム戦争を題材として扱っている。

 となれば、ヴェトナム戦争専門の作家と位置づけしたくもなるのだが、それではオブライエン文学の本質を見誤ってしまう。この作家が対峙するのは、戦争よりさらに向こうに存在する「過去」という概念である。

「書くことで、過去は現在へと姿を変える。私にとっての過去は過ぎ去りしものではなく、常につきまとう存在だ。過去を通じて語りたいのは、愛、悲哀、恐怖心といった人生に不可欠な永遠なるテーマであって、特定の時間枠についてではない」

 と、会ったとき訥々(とつとつ)と話したオブライエンだが、彼が語る「過去」には、無力と知りつつ、運命への服従を拒み、抵抗しようともがき苦しむ人間の有り様と、時間の推移がもたらす人生の変容が孕まれる。健気というよりは、むしろ強迫観念に引きずられるごとく、オブライエンはこれらのテーマの言語化にひたすら身を捧げる。

 本書のあとがきで、訳者である村上が、オブライエンの「文学的下手っぴいさ」に共感をおぼえると書いているが、その「下手っぴいさ」とは、執拗なまでにひとつの事を追い求めずにはいられない、作家オブライエンの不器用なまでの真摯な性格と同義語のような気がする。

【次ページ】

世界のすべての七月
ティム・オブライエン・著/村上春樹・訳

定価:本体829円+税 発売日:2009年06月10日

詳しい内容はこちら



こちらもおすすめ
書評ファンとして、弟子として、 崇拝者として語る(2014.12.28)
特設サイト村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(2013.04.12)
書評死刑と裁判員と村上春樹(2009.07.20)
インタビューほか「走る」ことを軸にした僕の個人史(メモワール)(2007.10.20)