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天童荒太×松田哲夫「この世界に一番いてほしい人」<br />第3回:静かな作品世界(1)

天童荒太×松田哲夫「この世界に一番いてほしい人」
第3回:静かな作品世界(1)

『悼む人』 (天童荒太 著)


ジャンル : #小説

松田 『永遠の仔』や『家族狩り』といったこれまでの長篇作品は、思わず目を背けたくなるような衝撃的なシーンや、思いがけない展開の連続でストーリーが進んでいく、ある意味で非常にドラマティックな物語でした。それにくらべると、『悼む人』は、何も起こらないというと語弊があるけれども、読んだ人も非常に静かな世界だなと感じるのではないでしょうか。

天童 その点はすごく意識しながら書いていました。大きな事件を設定して、それを追いかけていく過程でいろいろなことが起こるという書き方は物語の定石だし、僕としても安心して進められるのですが、この作品に関しては、僕たちが暮らしている日常と同じ質の空間において物語が展開する必要がありました。僕たちの日常も実は多くの死があふれています。連日、事件や事故が起きているし、世界では紛争も飢餓も絶えない。けれど当事者でもない限り、日々の暮らしはひとまず穏やかに過ぎていくのが現実です。そういう日常の中に、静人という異物が存在することによって、風景が違って見えてくる。それがフィードバックして、僕たちの日常において、ものの見方や感じ方に変化が生じてくるのを期待する小説であるためには、表面上静かな物語でなくてはならなかったのです。

松田 それは下手をすると退屈な物語になりかねないわけですが、この作品では物語の最初と最後で、蒔野や巡子、倖世といった登場人物の内面に非常に大きな変容が生じていて、そこがすごくドラマティックなんですね。

天童 僕たちはふだん、取るに足らないとされる事故で死んでしまった人にも、実はさまざまな人生のドラマがあっただろうということを、まあ頭ではわかっている。けれども、実際にその人の情報が入ってくるわけではないし、見ず知らずの他人には実感もし得ない。だから、そうした死者にも個々の人生があったということについては、いちいち言うまでもないことだろうと、タカをくくり、そのまま忘れていくことが日常化しています。でも、このところ僕は、それは言うまでもないことではなく、改めて言っていかなくてはいけないことではないかと、ずっと考えていました。でないと、結果的には自分自身の人生もタカをくくられるし、もっといやなのは、自分が愛した人たちのことも、いろいろあったろうとは思うけどと、タカをくくられ、十把一からげにされかねないことです。自分や自分の愛する人のことを軽く見る人物や社会のことを、誰も尊重などしないでしょう。いやな悪循環がそこには生まれ、誰もが人間というものを軽く見てしまう傾向が出かねない。命に軽重をつける癖は、生きている人にも軽重の差をつける。懸命に生きている人のことを、無名だから、ありふれているからと、タカをくくって見てしまい、人それぞれの多様性を見極める力も失せていく……。

 では、人々の死に接して、その人固有の人生があったということを改めて想っていくにはどうすればよいのか……。多くの人が亡くなっているわけだから、記憶するのにも限界はあるし、込み入った話だってそうそうは聞けない……と考えていくうち、静人が作中で言うように、「その人は誰に愛されたか、誰を愛したろうか、どんなことをして人に感謝されたことがあっただろうか」という、せめてこの三つを憶えておくことで、その人を唯一の存在として悼めるのではないかという考えにたどりついたんです。

松田 その静人の「悼む」という行為が、今おっしゃった三つのことに収斂していったのは、さっきの「静人日記」を書いている過程でそうなっていったのですか。

天童 いえ、それはもう日記をつけ始める前に決まっていました。こういう作品を書こうと思った時点で、実際に人が亡くなった場所へ行き、静人の「悼み」を疑似体験してみたことがあるんです。それは大変な経験でした。見ず知らずの亡くなった人を、自分のなかに入れるわけで、その際に亡くなったときの状況なんかも自分のなかに入ってきて、悲しいし、つらいし、そのことに耐える精神的努力も必要で、一件試みただけで、ものすごく疲れて、一日倒れてしまいました。亡くなった方の存在をあまり深く心に入れると、もう動けなくなってしまうくらいこたえる……これが静人が経験することなんだと、理解できたんですね。きっと静人も最初はぶっ倒れたに違いない。それでも悼むことを続けようとするなら、どうすればいいのか……。深く心に入れるのではなく、懐かしい友だちのことを思い出すように、その人を特徴づける、何かとてもシンプルなことで憶えていくほかはないだろうなと、考えに考えた末、この三つが残ったわけです。

悼む人 上
天童荒太・著

定価:本体590円+税 発売日:2011年05月10日

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悼む人 下
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