2009.01.07 インタビュー・対談

天童荒太×松田哲夫「この世界に一番いてほしい人」
第4回:静かな作品世界(2)

『悼む人』 (天童荒太 著)

天童荒太×松田哲夫「この世界に一番いてほしい人」<br />第4回:静かな作品世界(2)

松田 日本人はもともと無宗教的な生き方をしているけれど、逆に神なり宗教なりに何かをあずけることなしに、同じような境地に達することができるかもしれないという、もしかすると非常に大きなテーマに繋がっていく可能性がありますね。

天童 宗教の強い地域では、人々が信仰に基づく敬虔な暮らしを送っているかと言えば、実はそうでもないですよね。宗教の予言者や開祖を神と同等にまつり上げ、素晴らしい行いをした人を聖者に担ぎ上げて、安心してしまうと言うか、自分たち下々の者は俗な存在だから、あそこまで行けなくてもしょうがないという言い訳にしてしまっている面があると思うんです。本来、予言者や開祖や聖者たちは人々の目標であるべきなんじゃないかと僕は考えているんです。頑張って、あの人の近くまで行こう、自分たちは全然到らない人間だけれど、現実にあんな高いところまで行けた人がいるのだから、自分たちも少しでもよい、その近くまで進む努力をしてみよう、というようなかたちで。なのに、人間とは違う存在にまつり上げてしまうことで、彼らにすべてを託して祈ればよい、いくらかお金を差し出して幸福を頼めばよい、ということにしてしまっている気がするんです。

 日本でも、神仏ではなくても、道を究めることに没頭して、セックスのことなど少しも考えないようなストイックな英雄像が愛されるということがあると思います。でも、僕は、逆にすごく俗な人間ではあるけれども、ちょっとした決断や心がけ次第で、ある高みや深みにまでいけるというビジョンの方が大切なんじゃないかと思っているんです。ただ、書いている途中では、静人を聖者にしたほうが、多くの人には好まれるのかもしれないなぁ、なんて考えもよぎりましたが(笑)。

松田 結果的に終盤、静人が聖なる者へと浄化されていくよりも、あれだけの爆発力を持ったラブストーリーにしたことが大成功だったと思いますよ。あのまま静人が聖者のままだったら、読者としてはつらいですよ。あの恋愛を経験したことで、静人はもしかすると普通の生活をしながら悼むことを続ける、ちょっと変わった人になるのかもしれないという可能性も感じました。

天童 恋愛小説でなくてはならない、ということはずっと考えていました。ただ、どのくらいのレベルの恋愛小説にできるだろうかという点についてはずいぶん悩みました。さっきも話しましたけど、ある主要な人物をただの死者ではなく、亡霊のような存在として登場させることができたおかげて、通常の恋愛小説とは異なった、聖と俗、現実と幻想が絡まりあう、ちょっと異次元のところにある恋愛が成立し得るかもしれないと考えたのですが……いま松田さんに、爆発力を持ったラブストーリーと言っていただけて、すごく喜んでいるというか、ほっとしています。

松田 これまでの作品もそうでしたが、今回は特に純文学寄りと言いますか、いま話していることも三分の二くらいは純文学の小説の話をしているように、読者には感じられるのではないでしょうか。実際、僕はフラナリー・オコナーなどの作品に匹敵すると感じました。でも一方で、面白い物語を提供したいというエンターテインメントの根本は忘れていないところが、読者にとっては有難いところではないかと思います。

天童 僕はもともと純文学とエンターテインメントの差を意識していない人間なんです。例えば映画で言えば「タイタニック」や「マトリックス」も面白い、でもベルイマンやタルコフスキーも面白い。フェリーニもブニュエルも面白いし、「ローマの休日」も「大脱走」も面白いんです。同じように小説でも、大江健三郎さんの初期の作品などはエンターテインメントとして読んでいたし、ガルシア=マルケスだってチェーホフだって、僕にとっては面白いんだからエンターテインメントなんです。つまり、自分程度がおこがましい言い方になるので、おまえは小説のことが何も分かっていないと言われるのは承知で言うんですが、ただの一読者だった頃、ぼくは坂口安吾の「白痴」がすっごく面白かった、で、これを純文学かエンターテインメントかに分けることに、何の意味も感じなかった。いまでもそうです。一体誰がどんな基準を設けてそれを選別し、誰がそこに満足なり納得なりを見いだすのかもわからない。ドストエフスキーの作品は、新聞に掲載されていたもので、多くの一般読者を楽しまそう、喜ばそうと考えて書いたもののはずでしょ。遠藤周作さんの「沈黙」は随所にサスペンスの技術が用いられていて、物語として断然面白いですよ。純文学と称される小説でも、血湧き肉踊るような、わくわくどきどきするものがあるし、エンターテインメントと称される小説でも、まったく退屈で、少しも楽しませてくれない場合がある。一読者だった頃から変わらずっと僕にある小説の分け方は、面白い小説か、面白くない小説か、というだけです。

 ですからこの作品でも、物語の表面は、凶悪な殺人犯を追うわけでもないし、謎の事件が発生するわけでもなく、いわゆるハリウッド風のドラマティックな出来事は起こらない……けれども、静かな日常の底流で起こっている人間たちのドラマに、きっと読者はわくわくしてくれるだろうし、それぞれの人物がどうなっていくのか続きをきっと知りたいと思ってくれるだろうと信じていました。同時に、死とは何かとか、愛とは本当に善きものなのか、罪とは何を指すのかといった哲学的なテーマにも、知的エンターテインメントを感じてくれるに違いないと思っていました。だから、哲学的なテーマや社会的な問題意識も含めてエンターテインメントとして届けたいし、それは十分にエンターテインメントになり得るんだ、というのが僕の基本的なスタンスなんです。文章とか表現の仕方とかを芸術的に極めたい想いはもちろんあります。でもそれも、芸術的などと呼ばれたいからそうするのではなく、それを極めることで、もっと読者に上質な面白さや喜びを感じてもらえるだろうと信じるからです。自分の表現がもっと深いところ、あるいは高いところへ進んでゆくことで、読者とさらなる喜びを共有できる可能性を感じているからなんです。

悼む人 上
天童荒太・著

定価:本体590円+税 発売日:2011年05月10日

詳しい内容はこちら

悼む人 下
天童荒太・著

定価:本体570円+税 発売日:2011年05月10日

詳しい内容はこちら



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