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天童荒太×松田哲夫「この世界に一番いてほしい人」<br />第2回:読者の声と作家の決意

天童荒太×松田哲夫「この世界に一番いてほしい人」
第2回:読者の声と作家の決意

『悼む人』 (天童荒太 著)


ジャンル : #小説

天童 始まりは『永遠の仔』だったと思います。この作品が自分の転換点でした。

松田 ただ、『孤独の歌声』や『家族狩り』も、『永遠の仔』の序章ではあったと思うのですが。

天童 序章ではあったけれど、『永遠の仔』の執筆のために、傷を受けた人間の立場になって何年も生きてみるという経験をしたことと、現実にさまざまな傷を負っている読者からの多くの声を得たことで、僕の中に明らかな変化が生じましたから。以来、天童荒太はいろいろなものを書くのではなくて、傷を受けた人間、やられた側の人間、この世界で生きづらさを抱えている人間の立場に立って書く作家になろう、と決意しました。

 その流れでいくと、10.7アフガン攻撃という状況下で、誤爆で命を落とした少女、そしてその遺族といった人々の立場に立たざるを得ないわけです。9.11の慰霊祭は一応は行われるけれど、10.7で亡くなった人たちの慰霊祭はたぶんどこでも開かれていなくて、彼女らの死はすでに忘れられかけている。そういうことが重なっていったときに、決して政治的な問題ではなく、一般的な感情レベル、日常の生活レベルで、被害者たちの悲しみや、自分や家族をいったい誰が悼んでくれるのだという怒りと不安のうねりが僕の内部で生じて、<悼む人>というものへの熱望が下りてきたのだろうと、いま冷静になって思うんです。

松田 9.11とその報復というようなことが起こった場合、普通だったらアルカイダを非難するとか、アメリカを糾弾するといった政治的なレベルであったり、あるいは人道的なレベルで語っていくのに、天童さんの場合はまったく個人的な営為として死者を悼むという方向に行った。それはなぜなのでしょうか。

天童 おそらくそれは、9.11や10.7はきっかけであって、ずっと前から、これは僕個人の感じ方ではなくて、この社会全体が抱えているある種の疑問であったり矛盾といったものが、僕の中にザーッと流れ込んできたのだろうと感じています。つまり、作中で蒔野が表現しているように、世間では人の死に軽重をつけることが基本的に認められている。僕たちはふだんから、ある人の死は簡単に忘れ去ったり、元々覚えもしなかったりするけれど、話題になるような人の死は追いかけるし……有名人の死は大きく取り扱われても、一般人の死は小さな記事にすらならないということを、当然のように受け流してもいる。また、被害者の名前は知らないのに、何度も報道されて死刑になった犯人のことはよく覚えている、というようなことも常々のことでしょう?

松田 秋葉原の通り魔事件であるとか、酔っ払い運転で子供を亡くされたというインパクトの強い事件がジャーナリズムで報じられると、なんでこいつはこんな悪いことをしたんだろうとか、こういう世の中になったのは誰が悪いんだといった、犯人捜しをしたがりますよね。その反面、犯罪被害者に対しては、まあ最近だいぶ変わってきてはいますが、相対的にあまり光が当たらなかった。特別な事情でもない限り、そのままふれずにすましてしまうという感じになってしまっていたと思います。

天童 そういった日常の中で暗黙の了解となっていることに対して、誰もが一方で納得しながら、一方では疑問に思っているはずです。そういう想いがかすかな呻き声や悲鳴となって、この社会の底に通奏低音のように流れているのを、僕のアンテナがキャッチし続けていたのだと思います。大事件や大きな事故の被害者だけでなく、いわゆるニュース価値のないありふれた死でさえ、同等に大切に扱う心がない限りは、生きている人を差別したり、虐げたりすることもなくならないのではないかと感じたんです。そして、どんな死者であれ、誰かを愛し、誰かに愛された経験をそれぞれ抱えていて、深く悼まれるべき人物なんだという考えが日常化すれば、どんな人の命も簡単に奪ってよいものではないというわきまえが、感情レベルで人々の心に浸透していくのではないかという願いも生まれました。でも、そういうことをあからさまに語っても小説にはなりませんから、とりあえず自分の内に下りてきた<悼む人>という、人が見れば変なやつと思うような人間をしっかりと追いかけていこう、そうすれば自ずから読者はいろいろなテーマを読み取ってくれるのではないかと思って書き始めました。

悼む人 上
天童荒太・著

定価:本体590円+税 発売日:2011年05月10日

詳しい内容はこちら

悼む人 下
天童荒太・著

定価:本体570円+税 発売日:2011年05月10日

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