──この赤ちゃん牛、本当にかわいいですね。ところで、伊藤さんはスタイリストとして変わらずにご活躍されていますが、東京にいない不便さなどはありませんか。
伊藤 もっと“隠遁生活”みたいになるのかなと思ったのですがそんなことはなく、実は東京にいるときと仕事量はほとんど変わっていないんです。月に二、三回は東京に行って打ち合わせや撮影をして、あとはこちらで作業をしています。とてもありがたいことで、お付き合いしているみなさんに感謝しています。娘にとっても自然が近くにあるのは良さそうで、今は暮らしも仕事も充実しているという実感があります。なんといっても、おいしいものが手に入る環境にいることが幸せです。
はじめに鮮度の話をしましたが、木曾の「ひめや」というお饅頭屋さんの朴葉巻きに使う朴葉は、新緑の時期から九月まではその日に仕込む饅頭の分を、その日のうちに山から持ってくるんですよ。鮮烈な香りがたまりません。朴葉は木曾など岐阜に近いところでよく育つそうです。
──地域ごとの特産があるんですね。
伊藤 地域に根ざしたものを地域の人が作っているという印象です。小布施で有名な栗は、もともと川の氾濫を防ぐためにしっかりと根を張る栗の木を植えるようになったのが始まりとか。人間より鹿の数が多いという大鹿村には、増えすぎた鹿を食材として有効利用するためにできた加工直売所があります。いまでは生産が追いつかないくらいレストランなどから発注があるそう。自然を最大限に生かす知恵と工夫の賜物だと思います。
また、大鹿村には品種を守るために村外への出荷を禁じた大豆があり、それを使用している豆腐店を訪ねました。そしたらなんと、かまどに薪をくべてお揚げを揚げていたんです!
──なんと贅沢! そしてとてもおいしそうですね。
伊藤 揚げたての肉厚お揚げは本当においしいですよ。薪で揚げなければ出ない味わいがあるから、そこは絶対に変えられないのだそうです。薪で火をおこすというお店は信州全体にまだまだ多くて、松本にもあります。思わず「そんなにこだわって、大丈夫?」なんて聞いてしまったこともあるんですが、みなさん「だって味が違うから」とおっしゃいます。本当に暮らしぶりが丁寧。
おいしいものを作る人たちの志
──信州に行きたくなりますし、暮らしてみたくなってしまいますね。
伊藤 青山で「食のギャラリー612」を主宰しているたなかれいこさんは、東京から通いで野菜を育てていますし、外から移り住んでおいしいものづくりを追求している人もたくさんいるんですよ。上田にある「ルヴァン」というパン屋さんのスタッフの一人は、かつて東京のメーカー勤務だったそうです。「うちのパンはすべて誰がどのように作ったのか出所がはっきりわかる素材を使用しています。いいものを使ったおいしいパンを提供しているということが、誇らしい」とおっしゃっていたのが心に残っています。そういう方たちが作ったものばかりを集めたこの本も、誇らしい気持ちで提供できます。
信州で生まれ育った人たちは「信州の一次産業をなんとかしよう」という思いに燃え、一方で外から移り住む人たちはおいしいものを作りたいと志をもってやってくる。信州のおいしいものは、まだまだ発掘できる! と思っています。
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