書評

「純粋な見方」では見えないもの

文: 中野 京子 (作家・ドイツ文学)

『恐怖と愛の映画102』 (中野京子 著)

   作品は古いものでは『野菊の如き君なりき』、新しいのだと『ミリオンダラー・ベイビー』。芸術作品なら『アンドレイ・ルブリョフ』、しようもなく下品なB級映画なら『最終絶叫計画』、政治性の高いのだと『亀も空を飛ぶ』というふうに、できるだけバラエティに富むよう工夫しました。

   ちなみにその他のテーマは、〈実在の芸術家〉〈戦争〉〈乗り物〉〈ミュージカル〉〈家〉と、抽象的なものから小道具までいろいろです。必ずしもテーマと映画自体の主題は一致していません。一回がごく短く、きちんとした批評は無理なので、作品のほんの一部を切り取って拡大するようにしています。絵画で言えば、「聖母マリアのそばに白百合が描かれていますね、これはマリアの無垢の象徴です」とお話しするのに似ているでしょうか。 。

淀川長治の誉め方

   テレビで「日曜洋画劇場」という番組があって、昔、淀長さんが出演していました。最初と最後に登場してコメントするのですが、感心することには、その作品を貶(けな)すことは決してありませんでした。どこか光る箇所、意外な長所を見つけ出し、そこを誉めるのです。あるとき、箸にも棒にもかからない最悪の駄作がかかりました。さあ、どうする、さすがに誉めようがないだろう、とちょっぴり意地悪な気分でいましたら、何と彼は作品自体には全く触れず、渋い脇役の(別な作品での)演技の巧さを語りに語り、それほどの俳優がここでも出演していましたと、付け加えたのでした。なるほどねー。とても参考になります。

   客観的に見て(場合によっては主観的にさえ)掛け値なしの愚作であっても、誰かある人にとっての特別な一本かもしれません。初めて恋人と見た思い出に絡めて、あるいは主人公がどこかしら自分に似ているからなど、さまざまな意味で忘れがたく心に残る作品かもしれないのです。質の良し悪しと好き嫌いは全く別ものなのですから(馬鹿な子ほど可愛いように)、どんな映画でも全否定することは許されないのかなというスタンスで拙著も書きました。

   昨今はビデオ・ショップへ行くたび、現代に固有の不幸というものを感じます。過剰なのです。棚の多さ。そこに詰まった夥し(おびただ)いDVDの数。どれもみな、わたしを選んで!ぼくを借りて!と喚(わめ)いている。選ぶというのは何とエネルギーを費やすものでしょう。

   そんな時、『恐怖と愛の映画102』がほんのちょっとでもお役に立てたら嬉しいな、と思っています。

恐怖と愛の映画102
中野 京子・著

定価:650円(税込) 発売日:2009年07月10日

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