水丸さんは、歴史でも映画でも、脇役が好きだとよくいった。さりげなさ、はかなさを愛する感性が鋭く、女性でも、肌寒い風にゆれている春の野の花のような人が好きだと、いった。歴史人物も、源頼朝でなく、木曽義仲が好きであった。自分の乗る自転車にも、軍馬よろしく「義仲号」と名前をつけていた。また、信長や秀吉でなく、丹羽長秀が気になるようで、三谷幸喜さんが映画『清須会議』を公開されたときは、もう大喜びであった。水丸さんの死にこの映画が間に合ったことが私にとっては、随分なぐさみとなっている。この場をかりて、三谷さんにお礼を申し上げたい。本書のなかで、私は読まずにいる一節がある。二本松城を訪問する部分だ。あるとき、「今度、丹羽長秀ゆかりの二本松に行く!」と、水丸さんが生き生きして出ていった。帰ってくれば、土産話を聞けるはずだったが、水丸さんは、そのままあの世に行ってしまった。それで、後日の愉しみに、わざと読み残している。
本書で、とくに感動したのは、信州の真田家についての水丸さんの鋭い洞察である。「コンプレックスと誇りのカオスから生れた欲望やしぶとさこそ、真田家の本来の血のようにおもえてならないのだ」(沼田市)。水丸さんと親しかった堺雅人は、これも念頭に大河ドラマの真田幸村を演じるはずだ。さらに、この稀代のイラストレーターは、福岡県の秋月(朝倉市)という小さな城を訪れると、この城にいた「秋月」について、こんなことまで調べて書く。蒙古襲来時、秋月九郎という男が小舟の先頭に立って蒙古軍と戦っていると「蒙古襲来絵詞」にある――驚くほど、精細な描写である。
こんなことが、存分にできる才能をもっていた脳は、この国にそれほど生じていない。歴史の専門家ならすぐにわかるが、この本は尋常な本ではない。ただ歴史好きのイラストレーターが書き綴った連載などと思ったら大間違いである。過去にこんなことができたのは、司馬遼太郎さんの『街道をゆく』くらいであろう。司馬さんが亡くなって以来、私はそれなりの人が書いたそれなりの歴史紀行文に飢えていた。この本を読ませてもらって、亡くなった水丸さんから、砂漠のなかで、おいしい1杯の清涼水をもらった思いがする。水丸さん、ありがとう。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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