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亡き夫(つま)への鎮魂歌<br />──時代の先端を切った美しい一編

亡き夫(つま)への鎮魂歌
──時代の先端を切った美しい一編

文:勝又 浩 (文芸評論家)

『紅梅』 (津村節子 著)


ジャンル : #ノンフィクション

 たとえば、この小説には一体何人の医師が登場するのかと、読みながら気になりだして数えてみれば、ざっと11人。名前の付けられてない間接的な役割の医師も含めればおそらく15人を超えるのではないか。この夫婦は1年半ほどの間に医師だけでもこれだけの数の人たちに会い、相談し、指示を待ち、ときに病院を移って治療を続けたわけである。むろんそこには『日本医家伝』などの著書があり、医師会から招かれて講演もしたような、吉村昭ゆえの格別な事情もあるのだが、であるとしても、人が1人死ぬという到って単純な事実のなかに、文明社会では、と言うべきか、こんなに複雑で厄介な社会制度が存在し、絡まっているのかと驚き、また感嘆せざるを得なかったのである。

 一方で「いい死に方はないかな」と呟きつつ、これらの1つ1つに謙虚に、素直に従って行く夫に、妻は誠実に付き添い、ともに一喜一憂し、看護し尽くしているばかりではない、尽くしきれなかったという後悔にも誤魔化しなく向き合っているのだ。随所にあふれたその熱い、深い愛にはただただ圧倒されるばかりだ。夫の予想外の最期、臨終を前にして、「あなたは、世界で最高の作家よ!」と言えるような妻は、「世界」でもそうたくさんいるはずがない。この1編は、津村節子を代表する仕事になるばかりではない、平成を代表する名編の1つとしても残るのではないだろうか。

 考えてみると、大正時代を代表する『無限抱擁』(瀧井孝作)あたりから数えて、昭和を代表する『聖ヨハネ病院にて』(上林暁)や『妻よねむれ』(徳永直)、あるいは戦後を代表する『抱擁家族』(小島信夫)等々、男たちによる愛妻の闘病記や鎮魂の名作はたくさんあるが、不思議なことに女性たちによる愛夫(!)への看護や追慕の小説は思いあたらない。その理由の根本にはおそらく、これまでの女性作家の絶対的な数の少なさがあるだろう。事実としてはあっても、書き手がなかったのだ。だが、女性作家の活躍が圧倒的に増大した現代、これからは亡き夫(つま)への鎮魂歌もどんどん現れるようになるだろう。そんなとき、この『紅梅』が、そうした時代の先端を切った美しい1編として、永く記憶されることになるだろうと思う。

紅梅
津村 節子・著

定価:1200円(税込) 発売日:2011年07月27日

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