2016.01.01 特集

今井、柏原、神野が山の神になったとき

文: 生島 淳

『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』 (生島淳 著)

『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』 (生島淳 著)

「山の神」という言葉は、二〇〇七年に誕生した。

 この年、順天堂大学の今井正人が小田原中継所で準備していると、同じ五区を走る日本体育大学の北村聡が、

「順天堂大には『山の神』がいますからね」

 と記者に話していたのだ。

 今井は二年、三年と五区を走り、それぞれ区間新記録を出していた。二年のときは十一人抜き、三年では五人抜きでトップに立っている。たしかに山には絶対の自信を持っていた。北村は、

「なるべく今井さんと一緒にいく形で走りたいです」

 とも語っていたが、実際、ほぼ同時でのスタートとなった。

「早めに勝負をつけよう」と考えた今井は、前半に少しだけ無理をして入り、北村を振り切って前回マークした自分の記録を更新して順天堂大を首位へと導いた。走り終わって日本テレビの中継を見てみると、

「山の神、ここに降臨!」

 と叫んでいるではないか。

 こうして「山の神」が誕生したのである。

 

 今井は福島県の原町高校出身で、順天堂大に入学すると、一年生から主要区間の二区を任された。その時点から並々ならぬ実力があったことの証明だ。

 二年生から適性を見込まれて五区を走るようになったが、この年までは距離が20・9キロだった。今井は区間賞の走りで順位を押し上げたが、今井の人生を一変させたのは二〇〇六年に五区の距離が23・4キロに延長されたことだ。いままでよりも10分ほど走る時間が長くなり、選手にとってそれだけ大きな差がつくようになった。箱根全十区間のなかでもっとも重要な区間に“昇格”したのである。

 今井は三年生のときに、区間二位の選手に1分の大差をつけて区間賞を獲得、順天堂大を往路優勝に導いた。復路の八区でトラブルがあり、総合優勝はならなかったものの、今井の活躍は鮮烈な印象を残した。

 そして最後の箱根では、北村を振り切って、1時間18分05秒と自分の記録を再び更新した。区間二位の選手には2分34秒もの大差をつけ、その圧倒的な走りで全国の箱根ファンの気持ちをわしづかみにした。ひとりだけ、異次元の走りを見せたからだ。

 テレビだけでなく、翌日にはスポーツ新聞で「山の神」という見出しが躍り、ここから今井はそのニックネームとともに競技人生を歩むことになる。今井のこの走りから、箱根の歴史もまた変わった。山上りのスターが全国区の人気を誇るようになったのだ。

 数日後、雑誌のインタビューで将来の目標を質問されたので、気負わず、自然に答えた。

「将来は、マラソンに挑戦したいと思っています」

 就職先はトヨタ自動車九州を選んだ。福島で生まれ、千葉にある順天堂大に通っていたから、九州は縁がある土地ではない。しかし、チームの指導に当たっているのがバルセロナ・オリンピックのマラソン銀メダリスト、森下広一である。

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箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ
生島淳・著

定価:本体690円+税 発売日:2015年12月04日

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