書評

司法組織の正義と冤罪へ下る鉄槌
巧妙な「どんでん返し」に一読三嘆

文: 茶木 則雄 (ミステリー評論家)

『テミスの剣』 (中山七里 著)

 さらに唸らせられるのは、自供に追い込む一翼を担った主人公にも、違和感を通じて作者の暗示が仄見えることだ。死刑が確定した楠木は、東京拘置所の中で自殺する。その後、楠木事件と手口が似た強盗殺人事件が発生。主人公は楠木に冤罪の可能性があることに気づくわけだが、不可思議なのは、凶器を川に捨てていることを共通事項として挙げている点だ。楠木の事件で川に凶器を捨てたというのは、鳴海の誘導尋問でしかなく、実際、川から凶器は発見されていない。単なる主人公の思い込みなのだ。主人公は被疑者の迫水を罠にかけ、楠木事件の自供を引き出すが、それを当事者しか知りえない秘密の暴露として挙げてみせる。しかし楠木事件の裁判は終結しており、一定の手続きさえ踏めば裁判記録は誰でも読める。秘密の暴露に当たらないことは言うまでもない。主人公のくせになぜこんなに思慮が浅いのか。しかしこの違和感こそが、四半世紀過ぎた平成二十四年に起きる悲劇に――後半の怒涛の展開に、繋がっていくのである。後半、作者は、主人公の成長を、見事な形で活写してみせるのだ(凶器の隠し場所を見破る主人公の、慧眼がすごい!)。

 しかしそれにしても、このどんでん返しは誰にも読めないだろう。が、違和感の正体に留意していれば、読めなくても納得はできる。作中で細波のように襲い掛かる違和感の中に、伏線は紛れている。現実世界でこんなことあり得ないだろう、とリアリティに疑問を抱いた読者ほど、はたと膝を打つことだろう。木は森に、手紙は状差しに――伏線は違和感の中に、という趣向である。近頃これほど驚嘆し、納得したどんでん返しもない。

 作者の「テミスの剣」は、警察、検察、裁判所、弁護士やマスコミに至るまで、容赦なく振り下ろされる。司法の正義と冤罪というテーマ自体が斬新なわけではないが、ここまで徹底的に全方位へ鉄槌を下した作品は珍しいだろう。

 エピローグが素晴らしい。ここでにやりと笑う読者を、にやりと笑いながら想像している作者の顔が思い浮かぶようだ。「どんでん返しの帝王」の、面目躍如たる新作である。

テミスの剣
中山七里・著

定価:本体1,750円+税 発売日:2014年10月24日

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