書評

北朝鮮の真実に迫る 極上エンターテインメント

文: 藤原 伊織

『国境 上下』 (黒川博行 著)

 おまけに飾らないこのスタイルは服装や態度、物腰にまで一貫している。出席者がみなネクタイをしめているような業界のパーティで、よれよれのポロシャツとチノパン(わかる人にはわかるが『疫病神』の主人公、二宮の恰好です)を身につけ、ひとり浮いている人物がいるとすれば、それは黒川のおっちゃんと考えてまずまちがいない。

 そもそもTPOというものを知らない性格なのだ。本人は「おれ、不器用やもん」というが、べつの見方をすれば、それだけ強烈なアイデンティティーを持った大阪人ということであろう。やんちゃな子どもがそのまま、おとなの恰好をしている希有な例を出版業界にはいって私ははじめて見た。

 それでいて、神経に細かいところもあるのだから、まことに不思議な人である。だから私をふくめ、黒川博行個人のファンは業界に数多いのだが、読者にとっての彼の名誉はもちろんその作品にある。

 黒川博行の作品は、主にミステリーとギャンブルをあつかった小説やエッセイ、このふたつにわかれるが、ミステリーもまたおおよそ二系統になろうかと思われる。京都芸大出身として自家薬籠にある美術を素材にしたものと、ハードボイルドタッチ(ノワールタッチといってもいい)のものとで、どちらかといえば後者が小説作品の中核をなしている。

 で、本書『国境』。これは黒川博行が書いた作品中、最高傑作と断言していいだろう。『国境』は、前作『疫病神』の続編として生まれた。この『疫病神』も傑作だが、その成功は主人公ふたりの性格設定に負うところが大きい。とくに極道の桑原。この強烈きわまりない個性をつくりあげたところで、作品としての完成は約束されたようなものである。このキャラクターはヤクザというより、やはり桑原本人がつねに自称する極道という呼称がよく似あう。それも極道中の極道であって、おそらくはエンターテインメント史上、最強かつ最凶無比の極道ではなかろうか。

 このキャラクターを『疫病神』一作で終わらせるのはもったいない。続編はでないものかと思っていたところ、期待は報われたのだった。

 本書を読みはじめてまずおどろいたのは、その舞台設定である。なんと北朝鮮。いまでこそ、その実態が一般にもひろく関心を集めるようになったが、この小説の連載開始は九八年である。『疫病神』で産廃問題をテーマとし、社会問題に足を踏みこんだ黒川博行の新たな挑戦といっていいだろう。かの国を外敵として描いたフィクションやシミュレーション小説はあっても、国の内部を描いた小説はこれまでなかったのではないか。さらにこれほど精緻に描く小説も現体制がつづくかぎり生まれないのではないか。

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国境 上黒川博行

定価:本体730円+税発売日:2014年12月04日

国境 下黒川博行

定価:本体700円+税発売日:2014年12月04日


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