「じつは、ひさしさんの書斎の本棚の間から、ノートが出てきたんです」
昨年末、井上ユリ夫人から聞かされた話に、つい聞き入った。
「……もしご興味があれば、ご覧になって下さい」
そのノートの中身に触れる前に、まずはここに至る経緯を説明しよう。
早いもので、井上ひさしさんが世を去って、この4月で満4年を迎える。
『手鎖心中』『吉里吉里人』『東京セブンローズ』など数々の小説を書き続けただけでなく、戯曲、評論、エッセイと、その筆は縦横無尽に駆け巡った。
そんな井上さんの「隠れた名作」が、今回復刊される。『完本 ベストセラーの戦後史』である。
本書は、終戦間もない昭和20年、占領下で刊行された『日米会話手帳』から、高度経済成長を経て、モータリゼーションの波が日本全土を覆いつくそうとしていた昭和52年の『間違いだらけのクルマ選び』(徳大寺有恒)まで、時代を画した35冊について、昭和9年生まれの著者が自身の戦後体験、そして読書遍歴を踏まえて論じた「体験的読書論」である。単行本として世に問われたのは1995年、昭和が去って6年後のことだった。
「ベストセラーは時代を映す鏡」といわれるが、たしかにここに並ぶ書名を眺めるだけで、世相が読み取れる。
本書の中で、井上さんもこう記す。
《相撲には俗に四十八の極まり手があるといわれる。ではベストセラーには何種類の型パタンがあるだろうか。小説はいま勘定に入れないで、ベストセラーの型は、おそらく次の六種でほとんど尽されるのではあるまいか》
として挙げるのが、この6種。
(1)セックスもの。(2)真相はこうだ、もの。(3)愛と死もの。(4)人生論もの。(5)実用書もの。(6)占い、予言もの。
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