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日本人人質事件に寄せて――「日本人の心の内」こそ、彼らの標的だ

日本人人質事件に寄せて――「日本人の心の内」こそ、彼らの標的だ

「本の話」編集部

『イスラーム国の衝撃』 (池内恵 著)


ジャンル : #ノンフィクション

――日本では、昨年10月の北大生の渡航未遂事件以降、イスラーム国への関心が高まり、関連本が続々と刊行されています。

池内恵氏

 本書『イスラーム国の衝撃』は、ブームを後から追いかけてイスラーム国を取り上げた類書とは異なります。というのも、これまで私は時間をかけて、イスラーム思想と運動の変遷を分析するために、「グローバル・ジハード」という分析概念を練り上げてきました。イスラーム国登場のはるか前から、私の関心テーマ、研究対象だったからです。

 この本では、イスラーム国がなぜ台頭したのか、何を目的に、どのような理念に基づいているのかを解明しています。「グローバル・ジハード」という大きな枠組みとメカニズムの中に、イスラーム国も、そしてパリで起こったようなローン・ウルフ型の分散型テロも、発生してくる。その両方を「グローバル・ジハード」という概念で説明でき、将来の見通しも立てられるのです。

――池内さんは、以前から、日本におけるイスラーム理解のゆがみを問題視されてきました。

 たとえば「『グローバル・ジハード』をテーマにするのは、対立を煽るだけで、大義のない戦争を開始したブッシュ政権と同じ過ちを犯している」などと、飛躍した倫理的非難がよく向けられます。そんなものは学問でもなく、かつ倫理的に悪なのだ、と決めつけるイデオロギーが研究者の間での固定観念になっています。

 しかし、「グローバル・ジハード」という行動原理とそれに基づく組織や現象は現に存在しています。見たくないものでも、現実に目をふさいではいけません。「神の法に支配される社会」と「人間の法に支配される近代社会」が対峙しているのです。

 イスラーム世界は、中世において啓示に基づく絶対の神中心主義と人間主義との対決を終わらせ、神を上位に置きました。それに対して、近代社会は人間性を神からの束縛より上位に置きます。日本も、そうした近代社会の一員で、日本も歴然と「西側」「欧米側」に属しているのです。

 ところが、学者にしても、メディア関係者にしても、例えば表現の自由という、人間主義を前提とした近代社会の原理に守られながら、この事実を無視して、人間主義の上に神をおくイスラーム教に「反西洋」という自分自身の過剰な思い入れを投影する傾向があります。それが神の啓示を絶対とする信仰に基づいたものであれば一貫しているのですがそうではない。単に欧米コンプレックスや政権への不満の受け皿として「イスラーム」を想定しているだけなのです。そこでは「イスラーム」にありとあらゆるユートピアを想像します。

 しかしイスラーム国はユートピアには程遠い。

 イスラーム国を、「イスラーム教からの逸脱」とみなすことができれば、話は簡単です。彼らのレトリックは、それなりにコーランやイスラーム法に則っています。だからこそ厄介なのです。考えが同じではないイスラーム教徒たちも宗教権威とその強制的な執行に威嚇されて黙ってしまう。

 今回の人質事件は、国内の不満勢力の「反安倍」「反政権」の感情を刺激し、対策や方針をめぐる合理的な議論を妨げました。テロは首相の責任である、あるいは小泉政権以来の政策全てが悪い、さらには戦後日本の対米関係そのものが悪い、といった議論が盛んに提起されましたが、ついには首相が責任を取って辞任すれば人質を解放してもらえるのではないか、といった議論まで元政府高官から出てきた。テロを利用して政権批判をするどころか、いったい現役世代の政治家や官僚たちにどういう恨みがあるのか知りませんが、首相をやめさせればテロは解決するというのですから、テロリストも想定しなかった反応でしょう。

 日本社会は根底で何かが壊れかけているのでしょうか。あるいは高齢化などもあり、新しい現実に対する思考停止が広がっているのかもしれません。ただ思考停止は中核の現役世代には及んでいないと感じています。だから、テロに対する基礎的な原則を述べた私のブログが異様なまでに拡散されたのでしょう。現実離れしたメディアや評論家には頼っていられないと。日本の外には自分たちとは異なる原理によって成り立っている社会が存在しているということ。この現実の直視から始めるしかありませんし、直視する気構えを備えた新たな中堅層が現れてきていると感じています。

イスラーム国の衝撃
池内恵・著

定価:本体780円+税 発売日:2015年01月20日

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