2014.07.20 書評

山好き書店員が読んだ『春を背負って』
若き山小屋の主のたくましき成長物語

文: 鈴木 正太郎 (TSUTAYA香里園店勤務)

『春を背負って』 (笹本稜平 著)

土の匂いや風の流れを感じる作品

 山登りが好きだ。山の澄んだ空気がことのほか好きだ。毎年夏になると山を目指す。と言っても山が好きなだけで、技術的にも体力的にもお世辞にも人に誇れるようなレベルではない。下手の横好きというやつだ。登れない年は雑誌に掲載されている山の写真を眺めながら、遠い山々に思いを馳せる。

『春を背負って』は、奥秩父の山小屋を父親から引き継いで運営している若き山小屋の主である亨と、父親と旧知の仲であった経験豊富なゴロさん、あるきっかけで2人と一緒に山小屋で働くことになった美由紀の3人を中心に、大自然に囲まれた山小屋での生活を描いた話だ。

 本書には、四季折々の木々や草花の描写が事細かに描かれている。土の匂いやひんやりとした風の流れが行間から感じ取れる。

 山の天気は変わりやすいとよく言うが、様々な雲の動きや風の流れなども丁寧に描かれていて、山の情景が目に浮かぶ。

 まだ雪が残る春先、亨とゴロさんはシーズンに向けて山小屋の営業準備を始める。5月に入るとアズマシャクナゲの開花期にあたるためちょっとした繁忙期が続く。もっとも賑やかな夏山シーズンを過ぎると、山々が一気に燃え上がる紅葉の季節がやってくる。そして冬になると山小屋を閉め、下山する。

 自然とともに生きる亨たちの、生き生きとした日々が少々羨ましい。

 山に入ると人間本来の感覚が呼び起されるような気がする。自分の足で一歩一歩、確実に目標に向かって進む。普段使うことのない筋肉が悲鳴を上げる。無理はしない。何かあったらすべて自己責任の世界だから、自分の体力や技術を絶対に過信しない。無理をすることは大事故を引き起こしかねないからだ。

 実際に、『死』というものを近くに感じたことがある。岩肌に打ち込まれた鉄の杭だけしかない道を進んだとき、足を踏み外して落ちたら死ぬな、と思った。

山小屋は最後に頼れる心の拠り所

鈴木正太郎 (TSUTAYA香里園店勤務)

 過酷な山の上の環境下で山小屋の果たす役割は大きい。山小屋は山で最後に頼れる心の拠り所だ。

 山小屋は山を登ってきた人のすべてを受け入れる。泊まれる場所がいっぱいになっていても宿泊を断ることは出来ない。夏場であっても深夜は冷え込むため、装備もなく野宿をした結果命を落とすこともあるからだ。登山客が山の頂を目指すとき、その途中にある山小屋は目的地に向かうとき最後の休息所になるし、道中の指標にもなる。遠くの尾根に山小屋が見えてくると安心して、ヘロヘロになっていた足が少し軽くなる気さえする。山小屋で働く人たちは登ってくることが大変なことをよく理解しているので、労いの言葉を掛けてくれる。明るく、気配りの出来た方ばかりなのは、他者を想うもてなしの気持ちが強いのではないかと思う。自分が好きな山に登ってきた登山客が、気持ちよく山で過ごせるようにサポートしてくれているのだろう。

 山小屋では実際に亨たちのような人たちがたくさん働いている。普段文明の恩恵を受けた生活に慣れていると、不自由で過酷な山でにどうして好んで働くのか疑問に思われるかもしれない。彼らは個人の持てる力を最大限発揮して生きている。そして、自分たちの弱さを知っているから人にも優しくなれる。

 亨もゴロさんも山で起きることは基本的に自己責任だと認識しながら、絶対に他者を見捨てない。そして、今できる最良の策はなんなのかを瞬時に判断する。元から備わっていた才能ではない。環境が人を育てている。本書は山小屋の1年間を綴った話なのだが、小屋主の亨がどんどん逞しくなっていくのが手に取るように伝わってくる。常連客が増えればそれだけ小屋も亨も成長していくのだろう。

 今年の夏も山を目指すつもりだ。泊まる山小屋にはきっと亨のようなまっすぐな青年はいるだろうし、ゴロさんのような百戦錬磨の年配者もいる筈だ。美由紀のような料理が得意なヒロインもいたら、更に楽しい思い出になることだろう。

『春を背負って』
笹本稜平・著

定価:590円+税 発売日:2014年03月07日

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