2014.10.30 書評

哲学史を彩るひとびとの輪郭が
私にもジワッと見えて来た

文: 中野 翠

『哲学散歩』 (木田元 著)

 木田さんは「いいひと」だった。ザックリと織られた麻の布のような感触の人だった。

 知り合ったのは十数年前。ある新聞の書評欄のメンバーとして、四年間、月に一度はというペースで顔を合わせた。木田さんはメンバーの中で最年長だった。しかも肩書は哲学者。にもかかわらず、本の選び方ひとつ取っても自由自在。アカデミックな研究書からエンターテインメント系の小説まで旺盛な関心を示していた。

 構えたところやエラソーなところが全然ない人で、おおらかな笑い声が場をなごませた。体つきもガッシリとしていて頼もしかった。いかにも『闇屋になりそこねた哲学者』(筑摩書房)の著者らしかった。書評メンバーの誰もが木田さんのことを慕っていたと思う。

 木田さんの訃報を伝える新聞の見出しには「ハイデガー研究 第一人者」とあった。そうだったのかと思うが、私はハイデガーがどういう思想の人だったのか全然知らない。木田さんは慕わしいのだけれど、木田さんが夢中になった哲学というものは、私には難しそうで敷居が高く感じられるのだ。残念無念。

 そんな中で、今回、木田さんの『哲学散歩』という本が出版されることになった。「散歩」という言葉に救われる。もしかすると私でも読めるような、平易でくだけたエッセー集的な本なのではないか、と。

 書き出しこそ「昔から気になって仕方のないことがある。プラトンの例のイデア論の出どころである」とあって、私としては「“例の”」と言われてもねえ、全然ピンと来ないんですよねえ」と、いきなりつまずくのだけれど、すぐにそのイデア論というものが、わかりやすく、しかも綿密に説明されていてホッとする。

 そんな具合に、つまずきつまずきしながらも、木田さんのあのガッシリした手で引っ張られるようにして読み進んで行った。

 広い肩を持ったプラトン、華麗な衣裳に身をつつんだエンペドクレス、貧相なくせに派手好みだったというアリストテレス、身近に女性ファンが多かったというデカルトなど、哲学史を彩るひとびとの輪郭が、私にもジワッと見えて来た。異色の人びとの群像劇として読んでも面白いのだ。「木田さん、生前にこの本を読んでいたら、私も、もう少しちゃんとしたお話ができたかもしれません」と言いたい。

【次ページ】互いの死まで持ち越される思想的対立

哲学散歩
木田元・著

定価:本体1,500円+税 発売日:2014年10月27日

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