書評

哲学史を彩るひとびとの輪郭が私にもジワッと見えて来た

文: 中野 翠

『哲学散歩』 (木田元 著)

互いの死まで持ち越される思想的対立

木田元

 高校時代、「世界史」の授業は退屈だった。教師のせいにするのも申し訳ないが、Yという先生のメリハリに欠ける授業で、しかも昼食後だったので、クラス中が集団催眠に陥ってしまうのだった。

 そんなわけで前半の古代の哲学者たちの話は、正直言って地理的な見当がつかず、もどかしい思いもした(あらためてアレキサンドロスの業績を再認識させられたのは収獲だった)。人物像がわかりやすくリアルに伝わって来るのは、やっぱり後半、近代の哲学者たちの話だった。

 特に面白かったのは、「第十三回 ライヴァルたち――シェリングとヘーゲル」と「第十四回 ショーペンハウアーとニーチェ」と題された章。

 シェリングとヘーゲル、そしてヘルダーリンの三人は神学寮の一室で起居を共にしたことがあるという。シェリングとヘーゲルは親友同士だったのだが、やがてライヴァルとなってゆく。互いの死まで持ち越された思想的な対立構図がドラマティックだ。

 いっぽうショーペンハウアーとニーチェはじかに接触があったわけではない。にもかかわらず強い影響を受けたり反逆したりという形で思想的には師弟といってもいいような関係だった。その対立構図は「喰うか喰われるか」的に激しいものだった。

 何だか哲学者たちの姿が変種の格闘技のように見えて来た……。


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