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汗まみれジブリ史 今だから語れる制作秘話!「女性が作る飛行機の映画」宮崎駿の驚くべき決断

汗まみれジブリ史 今だから語れる制作秘話!「女性が作る飛行機の映画」宮崎駿の驚くべき決断

文:鈴木 敏夫 (スタジオジブリ 代表取締役プロデューサー)

『ジブリの教科書7 紅の豚』 (スタジオジブリ+文春文庫 編)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #ノンフィクション

経営者・宮崎駿 女性スタッフの抜擢と新社屋建設

 休暇を終えたみんなが出社してきて、いよいよ作画が始まりました。

 このとき僕は、宮崎駿という人の経営者的能力に驚くことになります。社員制度を始めるにあたって、「映画は俺が作るから、会社の経営は鈴木さんがやってよ」と言っていた宮さんですが、ちゃんと会社の運営にも配慮してくれるんです。

 たとえば、メインスタッフの選定です。長期間にわたる『おもひでぽろぽろ』の制作で、作画監督の近藤喜文さんも美術監督の男鹿和雄さんも神経をすり減らし、クタクタになっていました。作品の質を維持するためには、エースの彼らに連投をお願いしたいところですが、スタジオをうまく回していくためには、その下のスタッフから誰かを選抜すべきかもしれない。僕が「どうしたものか……」と悩んでいると、宮さんがこんなことを言い出したんです。

「鈴木さん、今度はスタッフを一新して、すべての重要な仕事を女性に任せよう」

 女性が作る飛行機の映画――作品の弱体化を招きかねない状況を逆手にとって、現場の空気を盛り上げた。この発想には僕も感心しました。

 そこで選ばれた作画監督は賀川愛ちゃん。アニメーターとしての腕はいいけれど、それまで作画監督の経験はありませんでした。美術監督には久村佳津ちゃんという男鹿さんの弟子を起用しました。アニメーション映画を作るとき、監督を両脇で支える最も重要な存在が作画監督と美術監督。そこをまず女性で固めた。さらに、録音演出にも浅梨なおこちゃんという女性を抜擢。

 そうやって要となるポジションをすべて女性が占めていきました。これはジブリのみならず、当時のアニメーション界全体を見渡しても画期的なことでした。

 映画の中でも、ポルコが飛行艇を直すピッコロ社の作業員はフィオをはじめみんな女性だったじゃないですか。あのシーンは自分たちがスタジオでやっていることの投影だったんですよ。

 それにしても、宮さんはなぜこんな名案を思いついたのか?

 いまでこそ宮さんはフェミニストと言われますけど、もともとは古い日本人。きっと若いころは男尊女卑だったんじゃないかと思います。ただ、最初に勤めた東映動画が非常に女性の多い会社だったそうです。つまり、女性を大事にしないと映画が作れなかった。その経験が宮さんをフェミニストに変えていったんじゃないかと、僕はにらんでいます。

 スタッフ選びだけでなく、映画の作り方の上でも、宮さんは経営者的な現実主義を見せました。『おもひでぽろぽろ』の二年に対して、『紅の豚』は半分の一年で完成しています。それは、一年で作れる内容にしたからなんです。

 正直な言い方をすると、起用しているメインスタッフはそれまで二番手だった人たちです。彼女たちの負担をなるべく減らすことを考えなければならなかった。

 たとえば、作品の品格を決めるともいわれる美術。宮さんはいつも複雑な建物を設計して、その中をキャラクターが行ったり来たりすることでおもしろいシーンを作っていきます。ただ、そういう世界を描くには大変な労力が必要なんです。そこで、『紅の豚』では飛行艇の映画であるという利点を活かして、背景は空と海を中心にした。そのおかげで美術スタッフの負担はだいぶ軽くなりました。

 作画においても、難しい芝居が要求されるシーンをなるべく減らしています。アニメーターがキャラクターに芝居をさせるとき、じつはいちばん手間がかかるのは日常のさりげない動作です。たとえば『耳をすませば』で、朝食の後、主人公の雫(しずく)が立ち上がって腰掛けを元に戻すシーンがあります。お客さんからすると、何気ないシーンに見えるでしょう。でも、日常の動作というのは誰もがよく知っているだけに、説得力のある絵にするのが難しい。むしろ空を飛んだり、殴り合ったり、非日常の派手なシーンを描くほうが楽なんです。

 ジブリ作品の最大の特徴って、そういう日常芝居を徹底的に描いてきたところにあります。逆に、そういった日常生活の描写を減らせば作画スタッフはかなり楽になる。

 美術においても作画面でも、いろんな制約を飲み込みながら、それでも最大限のおもしろさを保証する。そういう困難な映画作りに挑戦し、実際、見事にやってのけてしまう。それが監督・宮崎駿のすさまじさであり、経営者・宮崎駿の現実主義です。

 制作が佳境に入る中、僕は心の中で宮さんに手を合わせて感謝していました。

(本書より一部転載。取材・構成 柳橋閑)

ジブリの教科書7 紅の豚
スタジオジブリ+文春文庫編

定価:本体760円+税 発売日:2014年09月02日

詳しい内容はこちら  特設サイトはこちら

シネマ・コミック7 紅の豚
原作・脚本・監督 宮崎駿

定価:本体1,820円+税 発売日:2014年09月02日

詳しい内容はこちら  特設サイトはこちら

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