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寝ても覚めても「まんまこと」のことばかり考えている

寝ても覚めても「まんまこと」のことばかり考えている

吉田 紀子 (脚本家)

『ときぐすり』 (畠中恵 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

 前三作、各章ごとに様々な事件が起こりますが、主人公麻之助を貫いている物語は、やはり、幼馴染お由有との淡い恋の話でしょう。麻之助十六の年に、わけあって初恋の人お由有がある男の子供を身ごもってしまいます。お由有はその相手と一緒になることができず、こともあろうに、親友清十郎の父で、麻之助の家と同じ町名主の源兵衛の後添えになってしまうのです。オーマイガー! そんな親父に、初恋の人をとられてしまうなんて。しかもお由有は、十六の麻之助に言うのです。「縁談を断ったら、麻之助が父親になってくれる?」若き麻之助は、その問いに答えられない。そうしてお由有は、お腹の子ともども源兵衛へ嫁いでしまいます。その日を境に、気まじめだった麻之助は、お気楽な若者に豹変してしまうのです。もちろん芯の部分には、気まじめさも繊細さも残っています。ですが繊細だからこそ、お気楽者という隠れ蓑に身を隠すことの生きやすさを麻之助は知ってしまったのかもしれない。……と、私は思うのです。

 そして六年の月日がたち、極楽とんぼに磨きがかかった麻之助は、父の仕事を真面目に手伝うわけでもなく、悪友清十郎とつるみながら、己の人生の行き先を考えあぐねてふわふわと日々を過ごしています。初恋の人お由有は、六歳の息子幸太とともに、町名主の妻という人生を着実に生きている。なのに麻之助ときたら、まだお由有を見ると、どきどきしたりしてしまうのです(ダメなやつ)。

 そこへ、麻之助の見合い相手として現れたのが、武家の娘、野崎寿ずです。いまだお由有に未練のある麻之助。ですが、お寿ずにもまた好いた相手がいたのです。病に伏し結婚を許されない水元又四郎という武士です。やがて、又四郎は亡くなり、麻之助とお寿ずは、周囲の強引な勧めにより、なかば強制的に祝言をあげることになります。そんな訳ありの結婚をした二人が、少しずつ互いの痛みや悲しみ、優しさを知り、寄り添い、ようやく“本当の夫婦”になっていくまでを描いたのが『こいしり』です。なのに! なのにです。『こいわすれ』では、ようやく子を身ごもったお寿ずが、出産時に生んだ女の子ともども、亡くなってしまうのです。ああ、なんという残酷な作者。麻之助に、こんな試練を与えるなんて!

 考えてみれば、「まんまこと」シリーズは、死にまつわる話の多い物語です。小説全体が、軽妙洒脱で落語的なユーモアにくるまれているので、うっかり忘れてしまいそうになるのですが、主要な人物だけでも、お寿ずの好いた武家水元又四郎、清十郎の父で町名主の源兵衛、そして、お寿ずとその娘、お咲。その他にも沢山の死が出て来ます。実は、連続ドラマで、三人もの登場人物を殺したのは初めてです。ですが、考えてみれば、江戸時代は現代とは違い、死がすぐ隣にあった時代なのかなとも思います。病気、火事、水難事故、出産。なんせ武家は人を斬れる刀を腰にさしていたご時世です。現代なら助けられる命も、簡単に失われていった時代なのかもしれません。だからこそ、くだらない見栄の張り合いや、色恋沙汰で揉めている江戸の市井の人々が、なんとも言えず愛おしくなる。それが、「まんまこと」の世界なのかなと。

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文春文庫
ときぐすり
畠中恵

定価:715円(税込)発売日:2015年07月10日

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