- 2014.10.07
- 書評
豊富な情報に基づく、的確な判断 中国残留孤児2世の記者が描いた最高権力者
文:伊藤 正 (元産経新聞中国総局長)
『習近平 なぜ暴走するのか』 (矢板明夫 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#政治・経済・ビジネス
こうしたバックグラウンドが、矢板氏の記者活動の基礎にあると言ってよい。矢板氏はほぼ完璧なバイリンガルで日中両国語を自在に使いこなすが、母語は中国語であり、中国人社会では同胞視されることも多く、取材活動上、大きな武器になっている。しかし語学力だけでは、十分ではない。北京特派員の取材対象は、政治家、官僚、経済人、学術・文化人から一般庶民まで多種多様であり、中国の歴史や文化、現実の政治、政策まで幅広く、深い知識が求められる。この点、矢板氏には、松下政経塾および中国留学での研究生活と産経新聞での取材経験で蓄積された教養と人脈がある。
矢板氏は豊富な情報源を有するが、情報の扱いには細心の注意を払う。本書の「まえがき」で、ある共産党長老との出会いが本書を書く動機になったと書く。長老は匿名にされているものの、「元毛沢東秘書」などのヒントから、ちょっとした中国通ならすぐ類推できる人物だ。匿名にしたのは、非公式取材だったからだが、本書中には同様に匿名の情報源が多数登場する。
本書は、(1)中国の権力構造の中で習近平が総書記に選ばれた理由、(2)習近平の生い立ち、性格など個人的データ、(3)中国の未来予測――の3部構成で、複雑怪奇な中国政治の裏表がエピソードを多用し分かりやすく書かれている。矢板氏は、現場取材を得意とし、紛争地区を含め各地に出張したが、本書にもその経験が生かされている。習近平が下放していた陝西省の農村でのルポもその一つだ。挫折しかかりながら、向学心を捨てず、頑張り抜いた習近平に著者の目はどこか優しい。しかし、政治指導者になった後の習近平への評価は一転して厳しい。総書記就任前まで、多くの外国メディアは期待を込め習近平を穏健改革派としていたが、矢板氏は、一貫して改革に消極的な保守派と分析していた。これは彼の情報源である知識人層の見方に加え、太子党との接触を通じた判断に基づいている。
第3章「太子党とはなにか」では矢板氏自身が2010年9月、北京市内で開かれた太子党の勉強会兼食事会に呼ばれ、日中関係について討論した話を書いている。太子党の実態をこれほど具体的に明かした文章は少ない。会合は「父の世代の歌を私たちは歌う」と題したメンバーが作った歌を合唱してお開きになり、後はカラオケ大会に移った。矢板氏は、カラオケは苦手だが、強くせがまれると「三大紀律・八項注意」という革命歌曲を歌う。元々は毛沢東が1928年に中国労農紅軍(解放軍の前身)兵士向けに作った軍規に曲をつけたもので、軽快な行進曲として今でも入場行進の定番曲になっている。本書中にはないものの、この時も、歌ったのはこの曲だったようだ。
「大衆の物は針1本、糸1本盗らない」「女性をからかってはいけない」など、いたってシンプルな行動規範を並べた数え歌で、毛沢東の革命精神の原点というべき大衆路線が表現されている。それとは真逆の太子党のボスである習近平や薄熙来が毛沢東の旗を高く掲げることの滑稽さを矢板氏は、この歌を歌うことで痛烈に皮肉ったと思う。
単行本でサブタイトルを『最弱の帝王』としたのは、中国が直面する問題はあまりにも多く、しかも深刻であり、それを乗り超えるには習近平は著しく力不足との判断に立っていた。政権基盤が弱く、本人の能力にも限界があるゆえに、内外政策は逆に強硬にならざるをえないといえる。すでにその兆候は周永康前政治局常務委員の摘発や対日政策でも顕著になりつつある。『なぜ暴走するのか』という文庫版のサブタイトルは、日本人読者の警戒心を促しているようだ。
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