- 2014.08.19
- 書評
愛に対価は必用なのか?
癌と闘った花嫁と、若き夫の7年間
文:瞳 みのる (音楽家・著作家)
『恵恵 日中の海を越えた愛』 (恵恵・岡崎健太・付楠 著/泉京鹿 訳)
ジャンル :
#ノンフィクション
「我在天国祝福你」
(私は天国であなたのことを祝福しています)
僅か30数歳でこの世を去った中国人女性「恵恵」、彼女の夫日本人男性「健太」への遺言が中国北京西方郊外の墓地の墓碑に刻まれている。この碑文はこの著の最後の一節にもなっている。
実は出版社から依頼されたものの、この書を読み終わってもまだ、何から書き始めてよいのか分からなかった。それは中国では見かけることが容易ではない人の真の愛というものを信じさせてくれるような書であり、キラキラと光を放つ文面の全てを引用したくなったからである。心に深く残った箇所に絞って付箋を張ったつもりだったが、その目印の紙は数え切れないほどに上った。
これまで僕は、日本と中国を行き来し、公私共々日中間双方の意識の違いに実に翻弄されてきた。それでも両国のことを比較的よく知っていると自認して来た。
しかし、この二人が知り合って以来、僅か7年間の短い互いの心のやり取りは、国という概念を越え、さらには日中両家の家族間の違いを越え、人間は何時でも何処でも究極のあり方は同じなのだということを証明してくれているようだった。
そこには、見事にその人間の精神史そのものが描かれていることが容易に見て取れる。我が身に翻って、この書を読んでみると自分は真の人間理解にはまだまだ到達できていない面が多いと思い知らされる。
この書では、最小単位として国籍・国境、老若・男女を越えた個と個の人間性は、普遍性と崇高さを併せ持ち、各章各節でその優しさに満ち溢れている。
かりそめにも、僕は中国とほぼ半世紀に及び、余りにも近しい関係を持ち続けてきたので、この本を平常心では読み通せないところも多々ある。様々な邪念が脳裏を過ぎるから。
この書の構成は、主人公の日本人「岡崎健太」と義母である中国人「付楠」の二人の手記がほぼ交互に重ねられている。それは、妻恵恵を思う健太の異性愛、娘恵恵を思う付楠の母性愛で統一され、人のあり方、人の魂の根源、愛の根源を問うてい、しかもそれを抑制の効いた語り口で淡々と語っているが故に、かえって激しく読者の心を揺さぶるのだろう。たとえ、母付楠の娘恵恵への愛情を多少美化しているところを差し引いても。