本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(中編)

手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(中編)

「本の話」編集部

『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子・千住文子 著)


ジャンル : #ノンフィクション

「手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(前編)」より続く

病を得た母と語り合いたい。千住真理子さんの申し出に「手紙にしたい」と、提案されたお母さま。2人のやりとりは、話すことでは知りえない、お互いの本心を引き出し、より深く親子を結び付けていきます。

『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子・千住文子 著)

――この本を最初に読んだときにご家族の結びつきの強さに驚いて「家族の在り方に有名無名は関係ない」と思ったんです。お母さまが末期ガンと分かって、3兄妹の皆さんがわが事のように心配し奔走される。

千住 絆の強さ……よそ様もこんなもんでしょって思う。特に強いとは別に3人とも思っていないと思います。今も昔も頻繁に会っているわけではないし。3人それぞれに独立した後は、会うのは年に1~2回か、だれかの誕生日にたまたま時間が空いていれば会うくらいの感じだし。ただ、父や母が病気になったというような事があれば、わっと結束するようなところは確かにあるんですよね。まぁ今でも、大事なことがあるとメールでやりとりして決めたりします。

真理子を抱く父、博(左)と明を抱く母。

――3兄妹、3人が3人とも一流の芸術家としてご活躍されているというのは、やはりある意味すごいですよね?

千住 ……う~ん(困ったように唸り)、ま、結果ですね! 結果こうやってなんとか頑張っているけど、まぁ必死でしたよ、ほんと。一番上の兄(博さん)が絵描きになると言ったとき、絵描きってベレー帽を被って道端で生活しているようなイメージしか思い浮かばなかったので、生活していけるのかと子どもながらに心配したのを覚えていますし。若い頃は絵具が買えなくて、アルバイトをしてお金を貯めて絵具を買っていた時期が長かった。2番目の兄(明さん)だってね、作曲だなんていったって、そんなもんで食べていけるのかって学校の先生には言われてたんですよ。私も半分そう思って「この先どうやって生きていくんだろう」って本当に思っていました。そんな中で父の厳しさというのが私たちを助けたのかなと思うんです。父はまずは理想を低く掲げてはいけないと私たちに言った。例えば、「大学受験するならば1校だけに絞れ」というようなこととか、それぞれ3人に厳しいことを言って、なんて冷たい親父なんだ、と私たち3兄妹はある時期恨んだりしたけど、あれが父の愛だったんだなと思うしね。

 あと、父が絶対的に毎日のように耳にたこができるくらい言っていたのは、「3本の矢になれ」と。誰か1人が脱落したら3人とも脱落したものと思えって。誰か1人だけ、とか2人だけ成功と言われても、それは成功とはいえない、それは失敗だよ、という風に常に言われていたので、お互いにお互いをいい意味で監視していたようなところがあるんですね。「おまえ、ちょっと頑張れ」とお互いに言ったりして良きライバルでした。お兄ちゃんが頑張っているんだから、私1人が足ひっぱっちゃいけないと思ったり。そうやって必死になって何かにしがみついて生きていたら、今のようになっていたという感じです。

 

子どもの頃は毎日お腹がいたくなるほど笑っていた

――お母さまも子育てについての本を出していらっしゃいますが、子育ての仕方がとてもユニークでいらっしゃいますね。家の中に絵をどんどん描かせていく、とか手作りのメガホンを持って子どもに楽しくごはんを食べさせる、というような。子どもの頃を振り返って、お母さまのそういうユニークな部分というのは楽しかったですか?

千住 楽しかった! もうお腹がいたくなるほど、笑った毎日でしたね。今でもその日々を覚えています。もう本当にね、笑うってこんなにお腹がイタイのか、もうやめてくれって3人で逃げ回るほど笑いましたね。ある時期、母はYMCAのリーダーをやっていた頃があって、そこでさらにそういう面白い部分が伸ばされたとは思うんですが、持って生まれたものなんでしょうね。それから、ためらいもせずにやっちゃうような所が子育てにもあった。あらゆる点で母独特の育て方をされたんだなと思いますね。

――お母さまはバイタリティのある方?

千住 ありますね。冬でも半袖、Tシャツの人でしたし、裸同然で走り回ってました(笑)。Tシャツ着てればいいけど着てないときもあったんで。

子ども達の服はほとんどが母の手作り。

――「大きい子も小さい子も、本当はとても愛を求めているんだ、愛は心のミルクなんだと(子どもの)笑顔を見ながら思う」とお母さまがご著書『千住家の教育白書』で書いていらっしゃる。そういう親の愛情は日常的に感じていましたか?

千住 ……感じましたね。熱を出したりすると、母が抱きしめてくれた肌のぬくもりというのは今だに覚えています。覚えているということは、たまにっていうのではなく頻繁だったんだろうと思うんです。兄たちもそう言っていますし。そういう非常に情熱的な人だったのかな、と思いますね。

――厳しいんだけれども、根底にあったかい愛があるから、子どもも親の言うことを素直に聞くことができるということでしょうか?

千住 そうですね。もう兄たちの育て方を見ていてもね、厳しいといったって普通の厳しさとは全然違うんですよ。例えば、明兄は学生時代に学校を休んだり、学校の先生から「停学だ!」と言われるようなことをしょっちゅうしていたんですけれども、それを母は「よしっ! もっとやれ!」と言うようなところがあったわけですよ。それで謝りに行くんだったら「私が行ってやる!」と言って、わざわざ「喪服を着て謝りに参りました」みたいなことをしてみせる親分肌のような所があった。だから、兄たちがどんなにやんちゃな事をしても笑って見ていました。そういう事に関しては何か知らないけど、子どもの味方に付くんですね。「明は友人をかばって自分がやったと名乗り出た。情が深い子なんだよ」と涙したこともあったし。

 

いつも子どもたちの味方にいる母が叱るとき

父が亡くなる数ヶ月前、兄妹3人で初めて行ったリサイタルで。(2000年)

――どういうときにお母さまは叱るんですか?

千住 本当に純粋な人なので、嘘をつくとものすごい怒ったり、辻褄が合わないことを親に言うと、「親に対しては正直に言いなさい、ダメなんて言ったことないでしょ。もの分かりの悪い親だと思っているのか」と。要するに、お互いにもっと理解し合おう、というわけですね。

――お母さまがお父さまをすごく尊敬されていた、そういうところも3人の仲の良さに影響しているのでしょうか?

千住 す~ごく尊敬していましたね、「本当にお父ちゃまは偉い人なんだ」と常に言っていたし。かと言って、何かべたべたするような感じではなくて、本当に昔の人たちだから私たち子どもの前でベタベタするような事は一切なかった。ただただ母は父を尊敬していました。

――今回、文庫の解説をお兄さま2人に書いていただきましたが、いかがでしたか?

千住 (笑いながら)あぁもう本当に、博は博らしく、明は明らしくっていうのが本当に出ているなと思って。読みながら笑ったり、ぐっと胸にきたりしました。博兄が母の亡骸と一緒に夜過ごす場面では、「え、もう帰っちゃうの?」と取り残された兄の不安そうな様子をよく覚えていますし、明兄の場合も本当に心配性というか、母と一番よく似た人が明なんですよね。

――どんなところが明さんはお母さまに似ているんですか?

千住 すごく心配性で、ものすごく気を遣って、それで愛情深いんですよ、明兄は。私や博兄のようにサバサバしてないんです。それが文章に出ていますね。

写真提供:千住真理子


「手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(後編)」に続く

 

千住真理子(せんじゅまりこ)

ヴァイオリニスト。12歳でN響と共演しプロデビュー。15歳の時日本音楽コンクールに最年少で優勝し、レウカディア賞受賞。1979年、パガニーニ国際コンクールに最年少で入賞。85年、慶応義塾大学卒。87年にロンドン、88年にローマ、99年にNYでデビュー。93年文化庁「芸術作品賞」、94年村松賞、95年モービル音楽賞奨励賞受賞。2002年、ストラディヴァリウス「デュランティ」と運命的な出会いをする。国内外で演奏活動をしている。著書に『聞いて、ヴァイオリンの詩』『ヴァイオリニストは音になる』など。


千住文子(せんじゅふみこ)

エッセイスト、教育評論家。明治製菓株式会社研究所薬品研究室研究員として抗生物質開発の研究に携わる。退職後、慶応義塾大学名誉教授、工学博士の千住鎮雄(2000年没)と結婚。日本画家の長男・博、作曲家の次男・明、ヴァイオリニストの長女・真理子を育てる。2013年6月永眠。著書に『千住家の教育白書』『千住家にストラディヴァリウスが来た日』『千住家の命の物語』など。

文春文庫
千住家、母娘の往復書簡
母のがん、心臓病を乗り越えて
千住真理子 千住文子

定価:737円(税込)発売日:2015年12月04日

プレゼント
  • 『数の進化論』加藤文元・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2025/04/18~2025/04/25
    賞品 『数の進化論』加藤文元・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る