本の話

読者と作家を結ぶリボンのようなウェブメディア

キーワードで探す 閉じる
手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(後編)

手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(後編)

「本の話」編集部

『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子・千住文子 著)


ジャンル : #ノンフィクション

「手紙こそ親から受け取る素晴らしい財産――千住真理子さんインタビュー(中編)」より続く

「愛は心のミルク」と子どもたちに惜しみない愛情を注いだ千住文子さん。バイタリティにあふれ、子どもたちをしっかりと抱きしめ、ぬくもりを大切にした日々は千住家の3兄妹に温かい記憶を残しました。

『千住家、母娘の往復書簡 母のがん、心臓病を乗り越えて』 (千住真理子・千住文子 著)

――単行本が出て2ヶ月後、お母さまはお亡くなりになった。それまで二人三脚でやってこられて、寂しいといったようなお気持ちはあると思いますが、どのように気持ちを前向きに持っていかれていますか?

千住 あのう……やっぱり、母の娘だなと思う部分がありまして。というのは、母はどんな事態になってもどんな事件が起きても、アグレッシブに行動に移した人だったといつも思い返すんですね。それで、そうだ私もそうなろうと。もちろん、悲しい、寂しいなぁと思ったり、なんで母は亡くなる前に薬を使うのを拒否して、痛い痛いとあんなに苦しんだんだろう、と思ったり、ただただ後ろ向きに落ち込みそうになる時があるんですけれども、私の表現というのはヴァイオリンなんですねえ。「ヴァイオリンに全てを注入する」という事を母は望んだんだろうなと思う。だから、生きる姿勢を自分でそういうふうに決めています。

名器ストラディヴァリウスが来たばかりで嬉しい表情の母娘(2002年)

――寂しいという思いをヴァイオリンで表現する?

千住 そうですね。例えば東日本大震災の後、ボランティアで東北へ行くと、本当にいろんな人と出会います。孤児になってしまった子ども達もいるし、「なんで自分が生きて、皆が死んじゃったんだろう」という悩み方をしているおじいさんおばあさんもいる。そういう方々のことを考えると、寂しいっていう思いは共有できるなぁと思うんですね。私自身が母のことで寂しいと感じることによって、人の寂しさが分かる。いつも天真爛漫に生きていると、人の痛みとか寂しさというのは分かろうとしても、感じることがなかなか難しくなることがあるんだけれども、ヴァイオリニストとして表現するために、そういう気持ちを味わうということは必要なわけで、それに対しては逆に良かったなと思うんです。

 

大切な人を失った後の思いを握りしめて

――寂しいっていうお気持ちは亡くなられて2年以上経ちますが、あまり変わりませんか?

千住 変わらないですね。失った寂しさというのは、やはり失った寂しさなんですね。自分を生んでくれた母親というのは2人はいないわけで。替えがきかないというか。そういうことを考えると、父親なんかもそうだし、私たちを可愛がってくれたおじいちゃまおばあちゃまも、1人1人亡くなっていってしまった――失われた命への思いというものは、おそらく誰にとっても、ずっとそのまま遺された者の中にあるんだろうなぁと思いますね。その気持ちを排除するのではなく、大切だったんだなという肉親を失った後の思いをしっかりと握りしめて生きていくというのは、逆に大切なことだと思います。

母の生前に3兄妹と写った最後の写真。

――お母さまが真理子さんに残したメッセージの中で印象に残っていることはありますか?

千住 もうね、沢山あるんですよねぇ。この往復書簡の中でも沢山あるんですけれども、ボランティアに対するやりとりというのは、私にとってすごく印象に残っていますね。ボランティアについて意義のあるやり方にするにはどうすべきかな、というのは自分の中でいつも考えながらやっています。ただ行って、ただ弾けばいいってことではなく、やっぱりやるからには、どんな場所であってもそこが芸術空間になるようにという思いを込めてやった場合には、ボランティアがボランティアでなくなっていくんですね。自分の中で、それもまた厳しい場になっていく。

――本書の中でも出てきますが、病院で死を目前にした人々を目の前にして弾く、その人々の気というのはその場で伝わってくるものですか?

千住 すごく伝わります。だからボランティアの場で弾くと、水を浴びせられるほどの目の覚める思いがいつもしますね。そういう方々は一瞬一瞬を本当に大切に生きているわけです。しかも、まさに母が最終的にそうだったように、自分の目前に迫っている死について、生きること死ぬことを瞬時途切れることなく考えている人たち――そういう人たちにとって「音楽」や「生きる」とは何だろうなということが、ボランティアで演奏することによって、思い知らされるのです。

 そのような場では優しい気持ちで弾くというよりも、自分にとって厳しい場となります。考えも及ばないような経験をし、乗り越えようと頑張っている人たちの人生というのは本当に濃い。そういった方々の前に出ると、自分より何倍も大人だなと思いますね。それが子どもであっても。だからそこで、自分自身が見直せたり学ぶことの方が多いです。

コンクールでも人を蹴落とす気持ちを持たない、の真意

――ボランティアをされたり、そういった千住さんの生きる姿勢というのは、やはりご両親の影響が強いのでしょうか?

名器ストラディヴァリウス「デュランティ」を手に。

千住 私たち子どもに対しても、生き方においても、もう純粋を絵にかいたような両親でした。だから反発した時期があったんです。たとえば父が努力こそが全てだと、何があってもどんな時代になっても努力を忘れずにみたいな事を言い続けて、ある時期まで私はそうやっていたけれども、二十歳の頃、挫折をしたことがあった。その時に、努力じゃどうにもならないことが世の中にはあるじゃない、と思ったわけですよ。大人の社会にはなんだか分からないけれども、あんまりきれいじゃないような人間関係もあるじゃない、努力だけじゃ済まないわよ、と心の中で反発した時期があった。それでも父は努力努力、と言い続けて。私たち3兄妹はそのとき、学者(父)っていうのはこんなに純粋なものなんだねって、ある意味ばかにしながら言った時期もあったわけ。でも、そこを乗り越えていま思うと、父が「努力」と言って貫く姿は人間として正しかったと思います。

 そんな父を母は尊敬していましたから。父は何があっても、たとえばコンクールであっても人を蹴落とすような気持ちを持ってはいけないと言うんですよ。でも学生時代の私にとっては、1位になろうと思ったときにライバル達よりも上手く弾きたい、蹴落としたい、という気持ちがある。そんな私の気持ちを父は見抜いたときにものすごい怒って、「真理子はコンクール受けるのをやめなさい」と言った。「じゃあコンクールで負けてほしいの?」とものすごく父に反発しましたね。でも今は、本当に父の言う通りだと思うんですよ。音楽以外のことは私には分からないけど、音楽とか芸術は少なくとも、父の言う通りだと思います。人間が出ますからね。例えばとげとげした部分が音楽に出たら、音楽でさえね、人を傷つけることがあると思う。どんな音楽であっても傷つけないということはない。人を傷つけない音楽をやるためには、人を傷つけない心を持ってないといけないと思うんですね。だから、両親の言う通りだったなと思います。

 一番いい演奏と私が思っているのは、ステージに出てみなさんの前に出て、自分を表現するのではなくて、みなさんの前に出たときに、みなさんの空気を吸い取って、みなさんが奏でる音楽が私から出ていくような、そういう気持ちになれたときに、一番いい音楽ができるんです。だから、ボランティアの場で学ぶことは多いわけです。

――最後に、読者へのメッセージとしては何かありますか?

刷り上がったばかりの本書(単行本)が届き、喜ぶ母。(2013年)

千住 一番のメッセージは、親と手紙を交換してほしいですね。やる前はみなさん絶対に照れがあるけれども、絶対にやってみてよ! と思います。親ほど本当のことを書いてくれる人はいない。いいときにも悪いときにも。手紙こそ本当に親から受け取る素晴らしい財産だと思いますね。親もまた言いたいけど言えないということもあるし、あるいは言ってるんだろうけど子どもがなかなかそれを受け取らないということもあるし。意外と親子って意思の疎通が難しいんだなぁと。友達だったらもっと素直にお互いに聞き入れることも、親子だとなかなか聞き入れないということもあって。だからこそ手紙っていいなと思います。

――博さんが、真理子さんは3兄妹の中でもお母さまと一番本気になって喧嘩していたから、どろどろした手紙になるんじゃないかと少し心配してた、と解説で書いていらっしゃいましたが?

千住 そうですそうです(笑)。周りから見たらただの喧嘩としか思えないような空気が随分とありました。特に音楽の話をするときはものすごく真剣だからこそ、言葉も荒くなったりしてね。でも、それが終わると次の瞬間にはすぐ仲良くなって何食わぬ顔して一緒にお茶を飲んでる、ということがよくあった。そういう親子でした。

写真提供:千住真理子

 

千住真理子(せんじゅまりこ)

ヴァイオリニスト。12歳でN響と共演しプロデビュー。15歳の時日本音楽コンクールに最年少で優勝し、レウカディア賞受賞。1979年、パガニーニ国際コンクールに最年少で入賞。85年、慶応義塾大学卒。87年にロンドン、88年にローマ、99年にNYでデビュー。93年文化庁「芸術作品賞」、94年村松賞、95年モービル音楽賞奨励賞受賞。2002年、ストラディヴァリウス「デュランティ」と運命的な出会いをする。国内外で演奏活動をしている。著書に『聞いて、ヴァイオリンの詩』『ヴァイオリニストは音になる』など。


千住文子(せんじゅふみこ)

エッセイスト、教育評論家。明治製菓株式会社研究所薬品研究室研究員として抗生物質開発の研究に携わる。退職後、慶応義塾大学名誉教授、工学博士の千住鎮雄(2000年没)と結婚。日本画家の長男・博、作曲家の次男・明、ヴァイオリニストの長女・真理子を育てる。2013年6月永眠。著書に『千住家の教育白書』『千住家にストラディヴァリウスが来た日』『千住家の命の物語』など。

文春文庫
千住家、母娘の往復書簡
母のがん、心臓病を乗り越えて
千住真理子 千住文子

定価:737円(税込)発売日:2015年12月04日

プレゼント
  • 『亡霊の烏』阿部智里・著

    ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。

    応募期間 2025/03/28~2025/04/04
    賞品 『亡霊の烏』阿部智里・著 5名様

    ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。

ページの先頭へ戻る